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高校生活初の合宿、一日目の夜である。

着慣れぬ制服も初々しい新入生に対し「三年間学び舎を共にする仲間と共に校訓を刻み、夢を実現するための基礎学力を高めると共に自学学習を可能にする規則正しい生活習慣を以下うんぬんかんぬん」という多少盛り込み過ぎのきらいがある大儀の下、毎年入学式からそう間を置かず実施されている。らしい。



生まれてこの方枕が変わると眠れないなどという繊細さとは無縁の久々知は、しかし消灯もとうに過ぎた真夜中にふと寝苦しさを覚え眠りの海から引きずり出された。

片側に机やら荷物やらを寄せ、枕元にだけ若干の隙間を残して寝具を敷き詰めたおよそ二十畳の大部屋に誰のものともつかぬ寝息や時折の衣擦れだけが静かに響いている。

肉体はまだ眠っているようで腕も足も動かない。何やら胸に圧迫感もある。息苦しい。目だけが自由に動くようである。


すわ金縛りかと肝が冷えたが闇に慣れた目が掴まえたのは己を拘束するように手足を絡ませ圧し掛かる生身の人間であり、それはどうもクラスメイトになったばかりの男子学生その一に見える。
姿が判然としない上、消灯から教師が見回りに来るまでの短い時間に男子学生ならではの体力と精神年齢に相応しいバカをやっていたので、床を延べた際に(折角ジャンケンまでして)決めた陣地は当てにはならない。
転がって寝入った隣に誰がいたのか分からなかった。
ジャージ姿なのだからゼッケンを見ればはっきりするものの、如何せん暗い。

すうすうと子どものように可愛らしく健康的な寝息が頬をくすぐったが、生温かいそれは身体的接触に不慣れな方でありあまつさえ深夜に覚醒を強いられた久々知にとっては不快以外の何物でもなく、非常灯のみが申し訳程度に部屋を照らす薄闇の中でも際立つ立派な眉がきりりと寄った。


繊細ではないが寝つきも寝起きもあまりよろしくない久々知はこの安眠妨害行為に少なからず苛立ったので、彼を些か乱暴に引き剥がしぞんざいに隣の布団(壁際という一等地である)へ放り遣ると、自分は極力反対側へと離れ寝具にすっぽりと包まった。

合宿はハードなのだ。
居眠りを誘う講話が何時間もあり、感想文を書かされ、校歌を覚えるまで歌わされ、食事に掃除に風呂に至るまで集団行動ならではの忙しなさに追われて慌しく過ぎた。夕食の後に生徒職員揃ってジャージ姿で授業も行われた。

要はくたくただ。朝は早いし少しでも多く寝たい。

希望の通り、うとうとと上方に引っ張られるかと思いきや落ちていくような、眠りに就く直前独特の浮遊感に間もなく意識を手放した。




早朝七時前。

名簿順に神田から丸島までが収まる大部屋で久々知は真っ先に目覚め、日の差し込み上昇し始めた室温と人の腕の温さに包まれ愕然とした。
息苦しい。衣服の内側に熱が篭もって不快だった。自分の意思で動かせない不自由をどうやら一晩中強いられた体は重く、低血圧では済まされないだるさが芯から指先まで詰まっている。

窓を覆ってはいるものの遮光機能を持たないらしいカーテンは鮮烈な朝日の切っ先を塞き止められず、拷問器具よろしく体を拘束する犯人の間抜けな面構えは十分、明瞭に確認できた。
健やかに半開きにした口から伝った涎の跡までそれはもうくっきりと視認できる。

起床時間だと認識する前に久々知は自分に巻きつく四肢の主を文字通り叩き起こした。





「股の間に何かを挟んでいないと眠れないんで、どうも…迷惑かけたみたいで…あー、ごめん」


言葉が不鮮明でなおざりではあるが一応の謝罪である。
本格的な低血圧なのだろうか眠気の覚めきらぬ瞼を腫らし、申し訳なさそうに小さくなりながらも真摯とは受け取れぬ態度で鉢屋三郎は弁明をした。

合宿は二泊三日である。今夜の安眠を確保するため「今後は布団を抱いて寝る」という誓約を交わさせてから漸く矛を収めた久々知は顔を洗いに洗面所に向かった。

目覚めたばかりだろう、寝返りを打ちながら呻いている級友を踏まないように気を付けながら、布団の隙間から所々見える畳を爪先で踏んでいく。首にタオルを引っ掛けた鉢屋が歯ブラシを持って後に続いた。
周りの部屋からも物音が響いてくる。そろそろ起床の放送が入る筈だ。


冷水で目の冴えてきた久々知は寝起きの不機嫌さを被せて文句を言い募ったことに多少気恥ずかしさを感じていたので、ぼんやりと歯を磨く隣の男に自覚があったのかどうかを軽い調子で尋ねてみた。恐らくあったから壁際を陣取ったのだろうと見当が付いていたので、あっさりと肯定されたのにもふうんと頷くのみで留める。

「家じゃどうしてるんだ」

会話を続けた久々知にちょっと動きを止めた彼は少し情けない顔で笑う。歯ブラシを銜えくぐもった声が「抱き枕」と応えた。
ひょろりとはしていてもそこそこ体格のいい立派な男子高校生がベッドで抱き枕を抱えている図を想像して朝から何ともいえない気分になった久々知である。

何はともあれ関わりの薄かった新たな同級生鉢屋三郎と、縁の繋がった春のことだった。



***



抱き枕というかUFOキャッチャーでゲットした巨大ぬいぐるみ
手触り最高な上に案外縫製が丁寧で、鉢屋くんは大変お気に入りです

らいぞうという名前が付いていて、晴れてお付き合いすることになった(…)久々知が、彼氏に大切に扱われているこの年季の入ってきたフェルトと綿の塊に嫉妬し何とか捨てさせるべく(!)画策するという妄想を一人繰り広げて悦に入っています

淡白なようでいて嫉妬深い久々知

2011/06/19 14:26


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