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いつまでも未練がましく腰を上げようとしなかった夏は去ると決めれば動きは早く、我の強い寒気団は万事控えめな秋を押し退けて上空へと滑り込んで来た。

布団の中に埋まっていても染み入る冷気に眠りは浅く、夜明け前に何度か目を覚ます程急激に冷えたその週を皮切りに今年もまたやって来たのだ。




「ついにタカ丸さんもですか。あーああ、三木がうーつした」

「ちが…」

「あはは。違う違う。マスクかけ始めたのが遅かっただけで、実はおれが先だったんだ」

「おやまぁ。タカ丸さんが一番体調に気を遣っていたのに。分からないものですねえ」


鼻声、そしてマスク越しの聞き取り辛い会話。本人たちも息苦しいのだろう、話の合間に指を差し入れマスクをずらしては冷たい外気に深く呼吸を繰り返す。
タカ丸さんが加湿器に水を入れた。


職場に風邪が蔓延している。
全員が全員体調を崩していればそうたやすく有休を取れるわけもなく、互いに気遣いの言葉を投げながらも「自分しんどいっす」アピールを些か強引に織り交ぜせめて定時に帰れるよう画策を張り巡らせている事は重々承知。


「季節柄仕方ないだろう。全員ひいてるし…だから俺が撒き散らしたわけじゃない」

「滝は平気そうだけど?」


綾部はさりげなく毒を吐くのが上手い。そういうキャラクターだとみな分かっているため今更特に誰も気にはしないが、案外繊細な三木ヱ門はこいつの言葉に結構ダメージを受けていたりする。
私をライバル視する彼にとって今の言葉は鋭く自尊心を裂いたに違いない。可哀想に。
彼もなかなか優秀な男だが、上には上がいるものだ。これを機に理解して欲しい。


そんな事よりも実は三木も綾部も間違っている。
正確には一番最初にひいたのは私だ。
そうして今も万全ではない。
咳や鼻水なんて外にわかりやすい不調となっては現れず頭痛と微熱を筆頭に体調不良がじりじり続く、厄介な型にかかったらしい。

くそう。こんな事じゃアピールもできないではないか!

と当初は歯噛みしたがしかし「自分風邪なんだ」と告げるのは体調管理が甘かった事を告白するのと等しい。それは負けた気がして何だか嫌だ。
我慢できない辛さというわけでなし、次々に発症し始めた周囲と比べたら軽症な気もする。

軽症どころか健康体と見なされた自身は周囲に風邪の諸症状やら薬の副作用やらの辛さを切々と説かれ、挙句体よくおだてられてハッと気が付けば雑務を押し付けられている。

そうして休養の機会を失っていく自分はもしかして不器用なのではと最近思う。
手先は器用な方なんだが…などとそんな事を考えていたら空しい気持ちがいや増した。


朝からほんの少しだけ黄昏た気分に浸る私を他所に、マスク組は最新のマスク事情で盛り上がっている。気の所為かいがらっぽくなってきた喉をさすって、今日はしょうが湯でも飲もうと溜め息を吐いた。



***



四年がスーツ着て会社勤務なんて想像できないとか思ってたけれど妄想してみたら案外いけました

鼻持ちならない高慢ちきかと思いきや内実は友達いない苦労性って所が滝の持ち味だと思います
2010/11/21 18:14


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