このまま雪と一緒に溶けてしまえたら…
そんな事を思っていたのが去年のこと。
今年はアンタが隣にいるから、寒さに震え凍えることもない。
早くあたためて。
聖なる夜にくちづけを
俺の人生を変えてしまった去年の秋。
家族四人の乗った車が、対向車線を飛び出してきたトラックと正面衝突。両親は帰らぬ人に、弟は意識不明の重体。それを俺は病院のベッドの上で聞かされ、茫然自失だった。
両親を失った俺に弟の高額な入院費用を払えるはずもなく、厄介払いをされるよう病院を追われると決まったのは、俺の退院が間近に控えた頃だった。
親父にも母さんにも親類は居ない。未成年が二人きりで生活していけるはずもなく、況してやアルフォンスの医療費を稼ぐだなんて天地がひっくり返っても無理な話だった。
俺とアルの退院迫るクリスマスイブの日。
これからの事を考え出すと、どうしても悪い方へしかいかなくて。
病院の中に充満している消毒液の匂いから逃げ出したくて、雪が降る中庭へと傘も差さずに歩いていた。
冷え切ったベンチに膝を抱えて座り込んだ。白い息が冷たい空気に溶けて空に上っていく。それでもクリスマス間近の浮かれた空気は変わらなくて、俺を更に惨めにさせた。
そんな時だった。
「君がエドワード・エルリック?」
俺とアルの運命を変えてしまうヤツが現れたのは。
「兄さん、まだ起きてたの?」
リビングのドアから車椅子に乗ったアルが声を掛けてきた。時刻はもうすぐ日付を越える頃。いつもなら二人ともベッドの中だ。俺達の保護者が夜更かしをさせてくれないからなのだが、今日ばかりは許されるだろう。何たってその保護者が仕事で帰ってこないのだから。
「理由は分かってるけどね……風邪引かないように暖かくしとかなきゃだめだよ。」
「ん、アルもな。」
「おやすみ、兄さん。」
「おやすみ。」
仕方ないとばかりの弟の表情に苦笑いで返す。全てを承知で理解を示してくれるアルに、俺は一生頭が上がらないだろう。
俺達兄弟の運命はあの日を境に180度変わってしまった。
俺に声を掛けた男は以前親父に懇意になったとかで、風の噂で両親の死を知り、俺達の行方を捜していたのだそうだ。
事情を知った男の行動はそれは早いものだった。俺とアルを引き取る手続きをし、意識の戻らないアルの為に病院も手配してくれた。アルの意識が戻り車椅子での生活が始まると、段差の無い戸建の家まで購入してくれた。俺達兄弟にとっては至れり尽せりだ。
何故赤の他人の俺達にここまでしてくれるのか、以前聞いてみたことがあるが、その時はのらりくらりとはぐらかされて終ってしまった。
窓の外は雪が降っていて音もない。あまりにも静か過ぎる世界に、自分がこの世にたった一人取り残された錯覚を覚えた。
あの時もそうだった。
病院の中庭で、一人膝を抱えてベンチに座りこんでいた日。
周りはクリスマスイブで浮かれた空気をまき散らし、居た堪れなくて仕方なかった。
俺には一緒に祝う家族も居ないのに。
どうして俺なのかと世界を呪ってさえいた。
だけどアイツが。
先の見えない真っ暗な道に一筋の光を差し込んでくれたんだ。
もの思いに耽っていると、窓の外に光が見えた。それは車のライトで、すぐにエンジン音が聞こえ、見慣れた黒のボディが現れた。
(帰ってきた…!)
本当は玄関まで走り出したい衝動を必死で押さえる。だけどそんな事したら明日の朝、アルに笑われるのは避けられない。アルの部屋はリビングの直ぐ向かいだからだ。
リビングの出窓に座って、アイツを待った。あの時と同じように膝を抱えて。ただ違うのはほかほかと温かいこの気持ち。
「ただいま、エド。まだ起きていたのかい?」
「誰かさんが遅いもんでね。…夕飯には帰るって言ったのに。」
「すまないね。帰る気は満々だったんだが、監視が厳しくて無理だったよ。」
「こんな日にまで残業しなくちゃならないホークアイさんが可哀想。」
「ここは私に同情してくれる所だろうに。」
苦笑いしながら背後から抱きしめてくれる大人の腕に、ほっと安堵の息を吐く。ぎゅうぎゅうときつく抱かれる腕の中で身動ぎする度に、男が愛用している香水に混じって男本来の体臭がふわりと鼻腔を擽る。
世間で所謂『恋人』と言う関係になったのはつい最近の事。
押しの一手で迫ってくる男に絆されるように了承して始まった関係だが、後悔はしていない。反対するだろうと思っていたアルは何でか大喜びだった。何でも『兄さんくらいの鈍い人には、ああいう大人でしっかりした人の方がいい』だそうだ。兄として何だか情けなくなってしまって、涙で枕を濡らした事は内緒だ。
「アルフォンスは?」
「さっき部屋に戻ったよ。」
「そうか。遅くまで待たせてしまってすまないね。」
「…別に待ってなんてないし。」
俺の思考と口は何故かいつも正反対だ。だけどこの男、ロイには俺の本音なんてのはいつもお見通しなのだ。
「淋しい事を言うね、私の恋人は。」
そして頬に触れるのは少し冷たいロイの唇。
そんな子供を相手にするようなキスが嫌で、首を捻って彼の唇を探す。俺の意図に直ぐ気づいてくれた恋人は、俺の望んでいたくちづけをくれた。
それが触れるだけのものから深いキスに変わるのに、そう時間は掛からない。こうして触れ合うのもロイの仕事が忙しくて久し振りなのだ。求める身体は至極簡単に欲情する。そっと瞼を開けると、そこには発情した男の黒い瞳があった。
「…ベッドに行く?私としてはもたないから此処でも良いけど。」
「もたせろよ。つかアルにバレるから二階!」
「エドは声が大きいからなぁ。」
「うっせ!」
そんなやりとりをしながら、二人じゃれ合うようにくちづけを繰り返した。
「…ロイ、ありがとな。」
「……どうしたんだ、突然。」
だってこんな日が来るだなんて、あの日の俺には想像も出来なかったんだ。
暖かい家があって、すぐ隣にはアルが居て、そんな俺達を笑いながら見守ってくれる。こんな嬉しくて泣きそうになるだなんて感情、アンタに会うまで知らなかったから。
「メリークリスマス、ロイ。」
そう言って背伸びしてキスしたら、心底驚いたロイの顔があって。その後で本当に嬉しそうに目を細めて笑ってくれるから。
俺を見つけてくれたアンタに祝福を。
Fin.
ほぼ休止中にも拘わらず、当サイトへお越し下さる皆様へ愛を込めて。
メリークリスマス!!