恋愛遅延証明書


「隊長っ…すみませんでした!」

勢いよく頭を下げるピアーズに向かってクリスは真剣な顔で近づいた。
頭を上げさせられ、クリスは静かに首を振る。

「ピアーズ、お前の責任じゃない」

「だけど俺は」

クリスの妹であるクロエに――柔らかい感触を思い出し眉宇を寄せ、苦しげに視線を揺らす。

「ピアーズ」

名前を呼ばれ思わず口を閉ざした。
クリスは微笑んで「やはり」と口を開いた。

「お前に妹を任せて良かったよ。クロエを捜しておまけに見つけてくれた。礼を言わせてもらう。ありがとうな。これからもよろしく頼んだぞ」

完全に信頼されたように名前を呼ばれピアーズはぎこちなく頷いた。

*

「取り敢えずお前が無事で良かったよ」

クリスはそう言ってワシャワシャとクロエの髪を撫でた。
表情はどこかホッとしていて優しい兄そのものだった。
そんな光景をピアーズは腕を組み壁に寄りかかって静かに眺めていた。
本当だ。彼女が無事で良かった。
そっと医務室から離れて自分の髪をクシャクシャと無造作に掻き毟る。
ダメだ、自分は教育係としてやっていける自信がない。
やるしかないと考え引き受けたが今回の件は自信を損なうものだった。
これくらいで諦めるのか。真っ直ぐな目をした自分が囁く。ああ、そうだよ。俺は諦めるんだ。
きっとその言葉を聞いたら自分の憧れているクリスは「そうか」と残念そうに笑い「よく頑張ったな」と言うに違いない。

「頭を…冷やすか」

*

「あ、れ…ピアーズさんは?」

「ピアーズ?」

そういえばいないな、とクリスは辺りを見回した。
彼なら責任を感じてクロエの傍にいそうなのに。
まあ、いいだろう。丁度機会が生まれた。ピアーズの教育係としての働きぶりを知れるいい機会だ。
クリスはいつか自分の妹にピアーズはどうか聞こうと思っていた。クロエは気に入っているみたいだが。

「きっと疲れたんだな。お前が落ち着くまで傍にいた。原因はそれかもしれない」

申し訳なさそうなクロエはしゅんと縮こまり俯いた。
さらりと前髪が顔を覆って流れる。それを退けるように撫でながらクリスは双眸を細めた。

「クロエ、聞きたいことがあるんだが」

「なにー?」

「ピアーズの教育はどうだ?教官としてお前の元にやったんだが」

「最高だよ!」

興奮したように即答したクロエに狼狽しながらクリスは首を傾げて続きを促した。
恥ずかしそうに「あ」と声を上げ、クロエは視線を彷徨わせ、口許を抑えて声を低くして続けた。

「ピアーズさん、すごいよ。上に立つ者って感じなの。硬派で真面目かと思ったら普段は柔らかくて周囲を笑わせる人。尊敬してる!」

これはかなり惚れたな(ただし一介の軍人として)。クリスは苦く笑った。
以前まではクリスとクレアを尊敬し追いかけてきたが今ではもう違うらしい。
ピアーズ一直線で尊敬しているようだ。それはそれで兄として寂しいのだがこれも仕方ない。

「良かったな」

「うん!クリス兄さんありがとう」

明るい笑顔を浮かべるクロエにクリスは微笑み返した。
ああ、そういえば。クリスはもう一人の妹の存在を思い出し、小さく笑った。
不思議そうな色を含んだ視線で見上げられ、クロエの頭をポンポンと撫でる。

「クレアがお前のこと心配してた」

「お姉さんが?」

B.S.A.A.内の情報は外へいかないはずだが。そんな表情のクロエ。

「クリスが姉さんに言うわけないもん」

確かに。クレアは当初B.S.A.A.への入隊を一番反対していた人だ。
クロエを愛しすぎているが故に危険な目に遭わせたくない。
クレアはクロエを昔と今も変わらずかなり可愛がっている。
心配させてしまうことを考慮してクリスが告げ口するはずないとクロエも薄々分かっているようだった。

「じゃあ誰が?」

「多分だぞ」

「うん、誰?」

「お前と同じ新米のフィンがクレアに言いつけたんだ」

ほぼ確証的な答えにクロエは「フィン」と彼の名前を呼んだ。
フィンは気弱な性格でクリスを尊敬している。クリスの妹から“命令”されてしまえば絶対服従だ。喜んで様子を伝えるだろう。
フィンめ…と怒ったように呟き、拳を布団に沈める。

「兄さんどうしよう、おしまいだ。私のB.S.A.A.としての人生が…」

大袈裟だと思うがクレアは今回の件で確実にここへやって来るだろう。
そして連れ戻そうとするに違いない。だがクリスはどうすることもできない。
クロエもクレアも同じくらい愛しているから。




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