もっと目を閉じて

ピアーズは彼女が行きそうな森林地帯へ足を踏み入れていた。
きっと彼女ならそうすると確信していた。
体格差でどうしても女は男に勝てない。特に今回の訓練での相手は熟練した隊員だ。
クロエなら頭を使って敵を一掃しようとするだろう。
耳は今のところカラスなどの鳥の鳴き声、小川の流れる水の音と自分の足音しか音を拾っていない。
耳を澄ませて人の気配がしないか、呼吸音がしないか神経を張り詰める。
内心ピアーズは焦りに駆られていた。命の危険にあるのではないかと。
だが今は冷静に考え集中しなくては。でなければ彼女を見つけることなんてできない。

「クロエ、畜生…どこにいるんだ」

吐き出すように呟く。額の汗を拭い、乱れた息を整えた。
この訓練が無茶なのだ。やはり今年の模擬戦合宿担当の司令官が悪いのだろう。
会議で反対しておくべきであった。
パキ、と小枝が折れる音と共に微かな呼吸が聞こえてきた。
力が尽きたような、か細い呼吸に血の気が引くのを感じた。もっと自分がしっかりしていればこんなことにはならなかったのに。
邪魔する草を掻き分け、聞こえてきた方向へ急行する。

「クロエ!」

うつ伏せに倒れている彼女の姿がそこにあった。
汗で髪が肌にくっ付き、ぐったりと体は重たく発熱し目はキツく閉じられている。
駆け寄り仰向けにし聞こえているかどうか分からないが「脱がすからな」と軍用ジャケットに手をかけ脱がした。
防弾ジョッキなど装備も全て取り外し、クロエの首元に手をやる。

「クロエを発見した、医療班を至急寄越せ!」

インカムにそう呼びかければすぐに応答し『了解、15分程で着きます』と返された。
それでは遅い。しかしそれが最速だ。

「クロエ、聞こえるかクロエ」

「ピアーズさん…?」

薄らと目が開き、彼女の視線が揺れた。
意識が朦朧としているのだ。マズイな…。ピアーズは腕時計に視線を落とし、脈を測った。
脈拍が弱い。水分を摂取した方がいいだろう。
水筒を口許まで持っていき傾けた。しかし全く口に入らない。
水分を摂取しないと危険なのに。

「畜生…クロエ、目閉じてください」

と言っても彼女の返事は朧げで本当に彼女に届いているのかどうか。
ピアーズは冷たい水を口に含み、クロエの上半身を抱き起こし開いたクロエの唇に自身の唇を重ねた。
こくりと喉が鳴る音が微かに聞こえた。水分が行き渡ったことを確認して唇を離す。
こんなところクリスに見られたら何と言われるか。いや半殺しにされるかもしれない。
クロエの額に張り付いた髪を退け、髪を上げて額を露わにさせた。こうすれば少しは涼しい。ついでに口許の水も拭ってやる。
あどけない可愛い顔に「あー」と顔を手で覆った。

「ヤバいな…隊長の妹に――」

ヘリの音が聞こえ上空を見上げれば救援部隊が届いたことがわかる。

「良かった…クロエ。もう大丈夫だ、救援部隊が到着したからな」





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -