薄紅の陽は暮れ無い
「暑い…」
クロエは額の汗を拭い、照りつく太陽を仰いだ。
銃器を手に、広い敷地内を何時間も駆けているわけだが本部から撤退命令が未だに下らない。
そろそろ支給された水筒の中身が切れそうだ。
肌を差す熱気と喉の乾き、後頭部から感じる熱っぽさ。気のせいか耳鳴りがする。
「あ…なくなっちゃった」
空っぽになった水筒が地面に零れる。
手足が痺れてきた感覚に顔を歪める。非常にマズイ状況になってきた。
B.S.A.A.入隊以前に軍医を勤めていたクロエは医療の知識を勿論持っている。
そんな彼女が自分に起こっていることをわからないはずなかった。
司令塔の人間に連絡を入れなくては。耳元のインカムのスイッチを操作するが何故か電源が入らない。
ここの駐屯地の地理は頭に入れていない。敢えて先輩隊員たちは新入隊員たちに対して頭に地形を入れるなと命令したのだ。
地図は支給されていない。ここから下手に動けば余計に体力が奪われ最悪死に至る。
「どうしよ…」
上がってきた息と朦朧とする意識。意識レベルの低下を自分でも感じた。
ぼんやりと揺れる視界に全身から力が一気に抜けた。
立ち上がって助けを求めないと。
「ピアーズさん…」
呼んだのは自分の兄のクリスでも姉であるクレアでもなかった。
*
「クロエが戻らないな」
クリスは唸りながら呟いた。
妹は軍に入っていたとしても半年くらいは戦場から離れていた身だ。やはりブランクがあるのだと痛感させられる。
何よりも今日の気温は高い。この炎天下では熱中症になってもおかしくない。
現に隊員数名が熱中症と脱水症状にかかってしまった。
今日の訓練は条件も厳しい。眉間に皺を寄せクリスは溜息と共に首を横に振った。
「クロエとは?繋がらないか?」
彼女の教育係であるピアーズは通信部を総括している隊員に尋ねた。
「いえ、呼びかけておりますが繋がりません。彼女のインカムが故障しているようです」
代わりに答えたのは椅子に腰かけ忙しく指を動かす隊員だった。
眉根を下げ、チラチラとクリスの顔を伺っている。
当然だ。彼女はクリスの妹なのだから。
「捜索班は?まだ発見できないのか?」
「何しろここの駐屯地の広さでは…」
言葉を濁す隊員にクリスは踵を返して通信室を出ようとする。
そんなクリスの背中に急いでピアーズは呼び止めた。
「クリス!どこへ行くのですか」
「クロエを探しに行く」
「隊長はここに留まるべきだ」
「自分の妹が危険な目に遭ってるかもしれないんだ。それなのにここでジッと」
「俺が捜しに行きます」
ピアーズはそう言ってクリスの胸を押しジャケットを脱ぎ捨てた。
タンクトップ一枚になるピアーズに周りは目を丸くする。
気にも留めずピアーズは同意を得ようとするようにクリスへ視線を遣る。
「……いいだろう。行け」
「ありがとうございます」
クリスが一度頷くのを確認するとピアーズは通信室を後にした。