About The Public sadness
「わぁあ!」
一斉に視線が声のした方へいく。
キラキラした目で大浴場を見つめ、「すごいすごい」と声を上げている。
隊員たちは顔を赤くし、サッと目を伏せた。
「クロエ!」
クリスが怒鳴る勢いで大きく広い浴槽からザバーンと立ち上がり(股間部分はきちんとタオルで隠されている)大股で大浴場の入口の方へと歩み寄った。
彼女はしっかりと敬礼をし「はい、隊長!」なんて丁寧に答えている。
ピアーズはお湯に浸かりながら呆れた様子で目を逸らした。
隊員たちの哀れな視線が突き刺さる。ピアーズが彼女の教育係として命じられていることについて知っているのだ。
それにしても平気で男だらけの浴場へ入っていける勇ましさというか――とても勇気ある行動だと思う、色々な意味で。
「はい、じゃない…!get out!」
「だってお兄ちゃんが演習場を見学していいって――」
「だからってな、男が入ってる浴場に顔出すか!?」
「うん」
回答も見事だ。浴場内は最早クリスとクロエへとスポットライトが向いていて静まり返っている。
クリスは無言でピアーズへ視線を送ってきた。
目が合ってしまったピアーズは躊躇いがちに浴槽から上がり、ペタペタと二人が封鎖している出入り口へと向かった。
視線が背中に突き刺さるのを感じながら。
「クロエ」
「あ、ピアーズさん…!」
しっかりと敬礼する彼女へ戸惑いながら敬礼を返す。
「ど…どうも」
何とも奇妙な光景だ。敬礼がやりづらい。
「ピアーズ、頼む。連れて行ってくれ」
わかっていたけども。ピアーズはむくれる彼女へ視線を遣った。
クリスの厳しい視線と隊員たちの哀れな視線が混じって突き刺さるのを感じる。
命令に背くわけにはいかない。ピアーズはクロエの腕を掴み、引っ張った。
大理石の浴場から一変して無機質なロッカーの景色に変わる。
「そこで待っててくれ」
「はい!」
元気よく返事をしクロエはベンチに腰掛けた。
(あ、れ?)
背を向けて着替え始めるピアーズにクロエは急に恥ずかしさがこみ上げてきた。
雫が滴るしなやかな背中、肩、腕。短髪からつぅと垂れる透明な線。
ピアーズから目を逸らし、自分の膝へ視線を落とす。
動揺しているのを知られたくなくてクロエは口を開いた。
「すごい、ですね」
「ん?」
「ここの演習場広いなと思いまして」
「ああ、ホントそう思うよ。夏になると必ずここに来るんだ。合宿みたいなものだな」
B.S.A.A.は演習場を幾つか持つ。そこで訓練を積み重ね、実戦に備える。
現在、ピアーズたちの部隊がきたのはそんな幾つかある中でトップの広さと高い機能性を誇る演習場だった。
宿泊所はなかなか綺麗でどこにでもあるようなホテルみたいなところだ。
質素でいいんじゃないかという意見も多々あったようだがここの演習場はなかなか各部隊が年に一度しか来れない場所ということで豪華な設計にしたらしい。
「まるで学生に戻ったみたいです」
「俺も最初はそう思った」
着替え終わったようで頭上からピアーズの返事が聞こえた。
顔を上げると真っ白なプリントTシャツに七分丈のベージュのズボンのスタイルのピアーズが立っていた。
いつもの寮内での彼の格好。髪は半乾きらしく艶やかに濡れていた。
「ほら行きますよ」
「はい」
清潔なボディーソープの香りと共に引っ張り上げられ、脱衣場(というよりもロッカールームに近い設計の部屋)から出た。