ジェード・ジェリー

「緊張しないでリラックスしろって、クロエ」

「無理だよ、お兄ちゃん。あたしには」

呆れたように言うクリスを見上げ、クロエはブンブンと首を横に振った。
眉根を下げて一生懸命見上げてやればクリスが溜息を零す。
兄の言いたいことは分かっている。極度の緊張は失敗をもたらす。
以前、訓練中に“緊張のせいで”失敗したことがあった。

「お前の教育係すごいヤツをつけたから安心しろ」

「お兄ちゃん…!それ逆に緊張煽ってる!」

「ははは、心配するな」

簡素な長い廊下を歩き、クリスはガラス張りのドアを押し開いた。
ガヤガヤとした賑やかさにクロエは体を固くさせた。
広い一室には長いテーブルと椅子が幾つか設置されており美味しそうな匂いが漂う。
仲間たちと楽しそうに食べている者、静かに一人で食べる者、並んでいる者で食堂は賑わっていた。
いつも通りの風景だがクロエは未だに慣れなかった。自分はまだ新人であり、全員目上に当たるからだ。
クリスはしばらく辺りを見回し、目的の人物を見つけたらしく窓際のテーブルへと足を進めた。
慌てて兄の後を追う。すれ違う者たちへ挨拶の敬礼を忘れずに。

「ピアーズ、ちょっといいか?」

「はい、クリス」

兄はテーブルで楽しそうな集団の中の中心となっている青年を呼んだ。
軍人らしい短髪の青年はすぐに落ち着いた様子で傍までやってきた。
その際に思わずクリスの背後に隠れたがクリスがそれを許すはずがない。すぐに隣に立たされた。

「以前、話したな?」

「ええ、俺が教育係になる話ですね。それでその子が…新人、ですか?」

チラリとこちらを一瞥され、クロエは体をさらに固くさせた。
クリスは「ああ、そうだ」と頷き、続けた。

「俺の妹なんだが、どうか頼んだ」

頭にポンと手を置かれ、体の力を抜く。
ピアーズは妹と聞き、さらに顔を引き締めクリスに向かって敬礼した。

「了解」

「よし、頼んだぞ。俺はこのあとやることがある」

いい子でな、と言われクロエは子ども扱いに不満を覚えたが渋々頷いた。
そしてピアーズに向き直る。ピアーズはクロエを観察するように見下ろしてきた。

「名前を聞いてもいいですか?」

「は、はい!クロエ・レッドフィールドです」

踵を鳴らし、しっかり直立しながらクロエは言った。

「よし、クロエ。ピアーズ・ニヴァンスだ、よろしく新人」

「よろしくお願いします」

「ついてきてくれ、新人。さっそくテストをする」

「あ、は…は、はい!」

ピアーズと名乗った青年はクロエの緊張した様子に微笑を浮かべた。
まだ青臭さが抜けていないクロエへ懐かしさを感じたのだろう。
踵を返したピアーズの後を慌てて追う。食堂を出てまだ昼食時間で人気のない廊下を通る。
スタスタとごく自然に歩くピアーズの斜め後ろを歩く。

「主なポジションは何です?」

「自分はSAWです」

「経験は?」

「軍に駐在し軍医を務めてました!」

「軍に?女性でか…珍しいな」

「よ、よく言われます」

女性はやはりまだこの時代でも非力な存在として扱われる。確かに男性より力は劣るが女性でも強い者は強いのだ。
次々と投げかけられる質問に短く答えながら一生懸命ピアーズの後を追う。

「…B.S.A.A.へ志願した理由は?」

足を止めかけ、クロエはすぐに何気なく歩みを進めた。やはりされる質問。まだあのテロから1年も経っていない。
何人もの仲間が犠牲になったあのテロの傷は当然ながら癒えていなかった。

「兄がいるからです」

「それだけでB.S.A.A.に入ったのですか?」

険しく寄せられる眉にクロエは目を逸らし口を開いて答えた。

「理由は複雑で…その色々あって」

ピアーズは一つの扉の前で止まった。
そしてクロエを振り返り、真剣な眼差しで見つめた。扉の取手に手をかけたまま、クロエへ語りかける。

「…ここにいるアイツ等の志願理由は様々だ。憎しみ、苦しむ人たちを助けたいと思う良心、
ただ世界の人々の役に立ちたいと思う正義感」

「憎しみ…」

「理由は何にしろここでは皆兄弟のような家族のような存在だ。何かあったら“兄貴”たちに頼ればいいんだよ、末っ子たちは特に」

「ピアーズさん…」

「って隊長が言ってたんすけどね」

片目を瞑ってみせるピアーズに思わず笑みを洩らす。
この人はすごい。兄であるクリスもすごいがピアーズもまた上に立つような目をしている。
クロエを含めた新人たちは皆揃って上は勿論クリスを尊敬している。
それでも――

(目指すならこの人みたいになりたい)

「ピアーズさんっ!よろしくお願いします!」

ビシッと敬礼を決めて真っ直ぐ見上げて叫ぶように言えばキョトンと見下ろされた。
改めて言われたことに驚いているようだ。
それでもクロエは無邪気に笑い返し、尊敬の意を込めて敬礼を続ける。
それが伝わったのか分からないがピアーズはフッと口許を緩めて笑い、クシャリとクロエの頭を撫でた。

「視察テストを開始させるぞ、新人」

取っ手を一気に引き、扉が開かれた。ピアーズからアサルトライフルを受け取る。
新緑の木々の模擬演習場。
ジャングルを想定して建てられたこの演習場の難易度は高かった。
グリップをしっかり握り直し、感触を確かめながら土の地面を踏み締めた。



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