切なさで息が止まるまで


夜。キツい暑さはすっかり消え、時折吹く乾いた風がじんわりと汗を滲ませた。
気持ちの悪い暑さだ。パタパタとパーティードレスの裾を掴んで風を送りたかったがピアーズの前でそれはできない。
ピアーズはゆっくりとクロエの歩調に合わせて歩いてくれていた。
斜め先を歩くピアーズはポケットに両手を突っ込み、ただ静かな足取りで送ってくれていた。
特殊ではあるが一応彼は上司だ。
そんな彼に送らせるなんてとんでもないと断ったがピアーズは「女の子を一人で帰らせるわけには」と茶目っ気のある笑みを浮かべ、紳士な対応をしてみせた。
カッコイイな、なんてその時思ってしまったがすぐにその考えを掻き消した。
B.S.A.A.は軍人出身者が多く、自然と軍人暗黙のルールに従っている。同じ部隊で恋愛や結婚をすると必ず引き裂かれるのだ。
そんなのきっと耐えられない。だから自然とクロエは自分の想いを引き出しに仕舞っていた。

「暑いっすね」

「はい、とても」

会話は途切れ途切れ。それでも不思議と苦ではなかった。
ピアーズが振り返って薄く微笑む。

「クロエはアルコールとったから俺より暑いんじゃないっすか?」

「はい、もうすっかり暑くてフラフラです」

はは、と笑い手で顔辺りを扇ぐ。
体中が暑くて仕方なかった。地面もほんの少しだけ揺れているように感じられる。
これは飲みすぎだ。調子に乗りすぎたのもある。
久しぶりのお酒にテンションが上がってしまった。
ピアーズは後退し、隣に立った。あ、傍から見たら恋人同士に見えるのかな、なんて考えてしまったり。
スッと自然な動きでピアーズは片手でクロエの背中辺りを支えてくれた。優しい触れ方にカッと熱くなる。
うわ、そんな風に触れられたらドキドキしてしまうじゃないか。
ピアーズを見上げれば、近距離で目が合う。思わず笑った。くすくすとお互い照れ笑いを浮かべる。

「ありがとうございます、ピアーズさん」

「いえいえ」

ふふ、とピアーズは笑いまたゆっくりとクロエに合わせて歩き始める。
心臓が聞こえてしまったらどうしよう。背中から彼の熱がじんわり伝わる。
余計に暑くて仕方ないのに離れたくなかった。
家までもうすぐ。もう見えてきた。灯りが点いているからクリスかクレアが起きて待っているのだろう。

「着きましたよ」

「そう、ですね」

「では…また」

背中から手が離れる。離れていく温もり。
思わず「あ…」と声を上げ、ピアーズの手首を掴んでしまった。
目をほんの少し丸くするピアーズの顔を見てハッとした。しまった、自分は何てことを…。
視線を泳がせ、「あの、えっと」。言葉が何も思い浮かばない。
パッと彼の手首を離し、「すす、すみません」と慌てて謝る。自分は何てチキンなのだろう。
しかしスッとピアーズの手が伸び、今度はクロエの手首を捕らえた。手首から伝わる熱にまた心臓が早鐘を打つ。
戸惑うようにピアーズを見上げれば、熱っぽい目と目が合った。

「……」

どちらからでもなくゆっくりと唇を寄せる。
至近距離で見つめ、ピアーズの動きを待った。
彼はゆっくりと唇の距離を縮め、上唇を食むように口付ける。柔らかい感触と熱。
どれくらいそうしていたのだろう。唇は離れていき、ピアーズはクロエの頭を撫でた。

「おやすみなさい、クロエ」

「お…、おやすみな、さい」

ぎこちなく返せば、ピアーズは「また夏休暇のどこかに」と言い残して去っていく。
彼の背中が見えなくなるまで見送り、残ったクロエは余韻に浸った。
自身の唇に触れ、地面へ視線をゆっくりと落とす。
今のは酔った幻なのだろうか。頭を掻き、クロエは家へと入った。



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