ばら色のこひ

え、何で。何でピアーズがいるのだろうか。
クロエは混乱しながら立ち尽くしていた。今はあまり見つかりたくない。
クロエはパーティードレスの裾を押さえつけながらくるりと振り返り方向転換をした。
後ろ姿だけでは気付かれないはずだ。そのままシャンパングラスの置いてあるテーブルまでツカツカと進み、手にとった。
一口で一気に飲み干し、落ち着けと言い聞かせるようにクロエは息をついた。
新しいグラスを手に取り、カウンター席となっているところまで進んだ。丁度奥が空いている。しかも柱でピアーズのいるところからは見えないだろう。
そこに座り、肘をついて溜息を零す。それを拾い上げたバーテンダーが「お嬢ちゃん」と声を掛ける。

「ん、ああ…すみません。つい溜息って出ちゃうのよね」

バーテンダーの男は不敵に笑った。どこか艶っぽくて色気のある男だ。
若くもないし、だからといって年齢もいってはいなさそうだ。30代後半ってところか。

「何年経っても悩みってのはつきないもんだ。そんなお嬢ちゃんに特性カクテルでもサービスしてやろう。お嬢ちゃんは酒はイケる口か?」

「まあ、弱くはないね」

「なら最高のものを用意するよ。待ってな」

クロエは微笑を口許に浮かべて頷いた。
楽しみだ。お酒はあまり飲まないがクリスマス、正月や隊員歓迎会といったイベントでは飲まされる。
プライベートではたまにしか飲まない。久しぶりのアルコールにクロエはウキウキしていた。
はいよ、という声と共にカウンターに置かれたのはピンクと紫とハチミツのような琥珀色の3層のグラデーションが綺麗なグラスだった。
上にはラズベリーにクランベリー、ストロベリーがトッピングされている。なかなかキュートなカクテルだ。
驚きが顔に出ていたのだろう。バーテンダーは得意げに口許を吊り上げた。

「どうだ?お嬢ちゃん。気に入ったか?」

クロエは慌てて頷いた。

「可愛い…写真、撮っても?」

「ああ、構わんさ。ブログに載っけるなら店の名前も一緒に頼むよ」

写真を携帯端末で撮り、クロエは軽く混ぜてからグラスに口をつけた。
甘酸っぱい後にくる爽やかさが癖になりそうだ。

「美味しい!」

「だろ?」

バーテンダーは片目を瞑ってみせた。

「また飲みたいので名刺もらってもいい?」

「ああ、構わんさ」

名刺を貰い、クロエは機嫌よく口許を緩ませた。
少しずつ飲み、溜息を落とす。

「さっきとは随分違う溜息になったじゃないか」

「そう?…というか溜息に種類ってあるの?」

「ああ、あるさ。さっきと今だと全然違う」

グラスを磨きながらバーテンダーは答えた。
だんだんと瞼が重たくてふわふわしてきた。ああ、酔ってきたかも。
ふにゃりと笑いクロエはグラスを置いた。

「何か酔ってきちゃったみたい」

「お嬢ちゃん、その辺にしときな。酒は久しぶりだったようだな」

飲みかけだったカクテルが下げられ、クロエは眉根を下げてお礼を言った。
あのまま全部飲み干していたらきっと間違いなく友だちに迷惑掛けていた。軍人たる者みっともない。
一般人に家まで運ばれるなどあってはならない。

「やっぱりクロエ。来てたんすか」

肩を揺らして振り返れば呆れ顔のピアーズが腰に片手をやり立っていた。
椅子が高いせいで見下ろす形となり何だか新鮮だ。

「ピアーズさん」

わざわざ隣に座っていた人を退けて自分の指導員ピアーズは隣に座った。
あ、また見上げることになる。手のやり場に困り、モジモジしているとバーテンダーが茶色の液体が入ったグラスを置いてくれる。
お礼の意を込めて会釈すれば笑顔を返された。

「実はさっきから気づいていたんですよ」

「え?」

驚いて見遣ればピアーズはふっと口許を緩めた。
落ち着かなくてグラスを傾ける。あ、烏龍茶だ。

「クロエは隠れてたつもりでも俺、気づくよ流石に」

確かにその通りだ。どんなに離れた敵でも気付き、常に周りの状況は確認しておく。
それは戦地を離れた一般の世界だとしても同じで癖のようなものだ。
気付かなかったら軍人失格と教官に怒鳴られるだろう。

「そう、ですよね」

あはは、と笑いまた烏龍茶を一口ごくり。
その仕草を見てふとピアーズは目を細めた。

「クロエひょっとして酔ってます?」

「え、何でわかるんですか」

「頬っぺた、赤いっすよ」

それは多分、貴方のせいだと思います。だなんて言えるはずもなく。
ああ、でもアルコール効果もあって頬が赤いのだろう。
確かに燃えるように全身が、特に首から上にかけてが熱い。
頬を触れられ、一瞬全身が硬直したが心地よい冷たさにすぐに体の緊張を解いた。
目を閉じて「気持ちいいー」と呟く。ペタとくっついていた手が動き撫でるような動きになった。
目を開くとピアーズは微笑を浮かべて笑っている。

「ピアーズさん、どうしたんですか?」

「いやクロエって犬みたいだなって思っただけです」

「犬ー?」

「ああ、ワンちゃん」

クスクス笑いながらそう言われ、恥ずかしくなる。
目の遣り場に困り、クロエは目をキツく閉じた。




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -