キャンディーラインの爪先
クロエはジリジリと痛いくらい肌を刺す太陽を見上げた。
次々と滲み出てくる不快な汗を拭い、キャリーバッグを引っ張り車の前で待っている姉に向かって手を振った。
クロエの姿を確認したクレアは嬉しそうに手を振り返してくれる。隣りにいるクリスは厳しい表情を和ませて再会を喜んでいるようだった。
「暑いな」
「うん。夏本番もっと暑くなると思うと気が滅入ってくるよ」
「分かっているとは思うが」
クロエはうんざりしたようにクリスの言葉を遮った。
「わかってます。“筋トレと体力トレーニングは怠るなよ”でしょ?」
「わかればいいんだ」
クリスは「ははっ」と笑い、掻き混ぜるかのようにクロエを撫でた。
大人しくされるがままでいるクロエに「いい子だ」とクリスは機嫌が良さそうに言う。
「兄さん!クロエ!」
「クレア、元気だったか?」
「ええ、元気よ。帰ってきてくれてとても嬉しいわ」
クレアはクリスとクロエに順番に抱擁とキスを交わすと3人は挨拶を軽く済ませて車に乗り込んだ。
運転するのはクリスだ。助手席は荷物。後部座席は姉妹2人。
バックミラーで2人が楽しそうに語るを見てクリスは頬を緩ませた。
「そういえば隣りの家の子が貴方が帰ってくると聞いて合コンを計画していたわよ」
「は、え…合コン…!?」
思わず動揺して声を上げてしまったようでクロエはすぐに自分の口許を抑えた。
クリスは一瞬ブレーキペダルをクラッチペダルと踏み違え、エンストしかけた。
クレアは後ろで一瞬眉を顰めたがすぐに表情を元通りにしニッコリと笑った。
「ええ、いい機会じゃない。お洒落してたまには女の子してみるのもいいと思うわ」
「姉さん、私別に恋愛とか」
「きっと新鮮よ」
機嫌良さそうにそう言ったクレアを見てクロエはぎこちなく頷いている。
「無理して恋愛する必要は」
「兄さん」
クレアは怒ったようにクリスの名を呼んだ。
「兄として妹の恋愛は応援するべきだわ、障害になってはダメよ」
至極真面なことを言われ、クリスは静かに項垂れた。
*
懐かしい自分の部屋でクロエは(気分は乗らないが)合コンの準備をしていた。
ネイルを塗りながら溜息をつく。何だってこんなことしなくてはいけないの。脳裏を一瞬ピアーズの顔が掠め、すぐに振り払う。
準備を整え、丁度やって来た友人と共にすっかり暗くなった夜道を歩いた。どこでやるかと場所を尋ねると「友だちの家よ」と楽しそうに答えた。
何でもお金持ちのボンボンの家がパーティさながらプールサイドでやるとか。
「もうみんな集まってるんですって」
「じゃあ、急がなきゃ」
「クロエ今夜は楽しみましょうね!ふふ」
全く。最高に上機嫌で楽しそうな友だちを見ているとバカらしくなってくる。
そうだ、この夏くらい恋愛をしてみたっていいじゃないか。
「着いたわよ」
弾むような声にクロエは顔を上げた。成る程。確かに豪華な家だ。
真っ白な家は光り輝くライトに照らされ、ピカピカと輝いていた。眩しいくらいのライトと爆音かと疑いたくなる音楽に軽く片眉を吊り上げた。
主催者であるらしい青年の前までやって来ると笑みを貼り付け挨拶をした。
「マイクだ、よろしく」
青年がそう名乗る。
「クロエです、今日はありがとう」
「ぜひ楽しんでいってね」
ウィンクされ、クロエは笑顔のまま頷いた。友だちはというと挨拶を済ませると料理のテーブルへと行ってしまった。
行く宛てもなく彷徨っているとやけに女が群がっている場所があった。一体どんな男がモテているのだろう。純粋な興味だった。
目を凝らしその中心を見てクロエは静かに凍りついた。
「ピアーズさん…」
ネイル特有の香りがツンと鼻を刺激した。