夢を見てもそれは夢である
「「あ…」」
マルコとフィンは同時に声を上げた。
そんな2人の反応にクロエは片眉を吊り上げ、眉間に皺を寄せる。
しかしマルコとフィンの心配そうな奇妙なものを見るような視線を敢えて無視した。クロエはトレーの食事に視線を落として食べ続ける。
やはり食事は美味しい。ミートボール入りのパスタ。よく姉のクレアが作ってくれたっけ。
無理やり思考を2人から逸らし思い出に浸る。
大盛りのパスタを平らげ、次に大盛りのシーザーサラダにフォークを突き刺した。
シャキリと通る感触にまた食欲が沸き起こった。
過食気味なのかな。次から次へと食べたいものがある。欲しいものがある。
「なあ、クロエ…食べ過ぎじゃないか」
フィンが恐る恐るそう言った。自分だって本当はそう思う。
失礼な、もぐもぐと口の中のレタスを飲み込みコップの水を飲み干した。
「太るぜ、お前」
「うっさい、余計なお世話だよ。あたし食べても太らないから平気」
「そうよ、それに女の子にその言葉は禁句よ?」
この場にはいないはずの声が聞こえ、3人は一斉に振り向いた。
どこか愉しげに笑ったメラがトレー片手に3人の顔を見下ろしてきた。
メラさん…!クロエは慌てて立ち上がり席を開け「どうぞ」と敬礼した。
心臓が落ち着かない。クロエは僅かに顔を顰めた。
「いいのよ、そこに座ってて。私は隣りに座るから」
愉しげな声にズキリと胸の奥が痛み、重たい。ピアーズがメラの腕を掴み、顔を近づける。
あの情景が何度も浮かび、その度にグルリと視界が引っ繰り返り――クロエはどうにか顔に出さずに持ちこたえた。
恋愛ごときの感情で左右されてはならない。そう自分に言い聞かせ、自分は強いと思い込む。
それでしか感情をコントロールできない、少なくとも今の自分には。
「ありがとうございます…」
「貴方すごく真面目なのね」
くすくすと笑うメラにクロエは照れ笑いを返す。
「メラさんすごい量っすね」
フィンは感嘆するように言った。確かにものすごい量だ。
女性とは思えないほどの量だった。目を丸くしクロエは「すごい…」と素直に洩らした。
「そう?普通だと思うけど」
美味しそうに口の中へ運んでいくメラから視線を外し、クロエは誰かの視線に気づいた。
どこからだろう。視線を巡らせていると自然と男と目が合う。
トクリ。確かだ。確かに自分の心臓は彼に反応を示した。
ピアーズだ。まさに今自分が苦しめられている男。
正確には勝手に苦しんでるのだがピアーズが原因で自分はストレスを感じているのはわかる。
そして何が根本的な原因なのかはわかっているがその“感情”の名前を一度上げればきっと何かが崩れて抑えが利かなくなるだろう。
勝手に自分でそう解釈している。自分は逃げているだけなのだ。
ピアーズはじっと見つめ返してきたまま眉間に皺を寄せた。耐えられない。
彼の視線が。自分の心臓が。自分の心が。
クロエは視線を逸らし、トレーを拾い上げて立ち上がった。
「ん?」
注がれるフィン、マルコ、そしてメラからの視線。
「お先に失礼します」
「訓練お疲れ様」
軽く会釈を返し、早足で返却口へとトレーを置く。
手を握り締め、その場に立ち尽くして息をついた。邪魔になることはわかっていたが歩き出せないでいた。
何かが自分を邪魔している。期待しているのか、自分は。
ピアーズがこちらへとやって来ることを期待しているのか、馬鹿らしい。
背後から気配はない。夢のような話などあるはずない、クロエは苦笑を洩らした。