悪循環の恋心


「畜生…」

苛立ちを露わにするピアーズにメラは首を傾げた。

「どうしたんですか、ピアーズ」

「いや、何でもないっすよ」

苦く笑いピアーズは資料作成を進める。
極東支部からやって来たメラはピアーズの様子を見つめ、向かい側の席に座った。
彼女の視線を感じる。きっとメラは違和感を感じるのだ。
それはそうだ。メラが訓練生のときに手合わせをした仲だ。他の隊員よりは自分の違和感を早く感じるだろう。

「何か悩み事でも?」

「いえ、悩みはないんですけど…ただ」

思い出されるのは一人の女。年下で一生懸命に練習する姿。
練習後に自分の水分補給よりも他の隊員たちを優先して笑顔で水筒を配る姿。
これは重症だ。ピアーズは苦く笑った。
メラは頬杖をついてクスリと笑いマグカップを手にした。椅子の背もたれに寄りかかり天井を仰ぎながら口を開いた。

「ピアーズ、面白い顔してますよ。幸せそうに遠くを見ているかと思ったら苦しそう」

「あれ…俺そんな顔してましたっけ?」

頬を掻いて戯けるようにそう言えばメラは双眸を細めた。

「ピアーズがいいのならそれでいいんですけどね」

諦めないと。彼女を諦めないといけない。
クリスの妹に手を出す勇気なんてきっとどの隊員もない。
ピアーズの場合、勇気ではなくクリスの部下としての意識から手を出せないでいた。

「メラさん」

メラの手首を掴む。彼女は静かに自分を見つめ返してきた。
クイッと引き寄せ顔を寄せた。

*

「…っ……」

歪みそうになる顔にクロエは唇を噛んで堪えた。
じわじわと熱くなる眼。瞬きした拍子に零れ落ちてしまいそうだ。
メラ・ビジとピアーズが仲良いとは知っていたものの恋仲だったとは知らなかった。
その事実が刺さる。胸を引き裂くような痛みに軍服の上から心臓の辺りを押え廊下を足早に進む。

「私はただの妹みたいな…妹みたいな…兄弟みたいな存在」

言い聞かせるように幾度も唱える。
通りかかる隊員たちは不思議そうに、そして心配そうに声を掛けるが応答出来ずにいた。
俯き自室に戻って枕に顔を埋めた。

「何がこんなに苦しいんだろ、私…」

*

「ピアーズ」

メラが自分の名を呼ぶ。
至近距離で見つめ合い、瞬きを繰り返す。
息がかかるくらい近くに彼女がいた。

「どうしたんですか」

「……」

「キス…しないのですか」

ピアーズは彼女の手首の拘束を解き、距離をとって離れた。
デスクワークに戻るピアーズにメラは肩を竦める。
そして入口の開きかけの戸に視線を遣った。間違いなく誰かの気配がした。
予想するとすれば女だ。それもピアーズの“想い人(仮)”の可能性が高い。
自分でも論理的に説明できないが何となくそう確信していた。所謂“女の勘”というやつだ。
どちらにせよピアーズに誰かが見ていたということは伝えないつもりだ。
少し意地悪かもしれないけど。メラは一人で笑った。
人の気配を感じ取れないほどピアーズは余裕を失っているのだ。
それほどまでに夢中にさせる女が誰かメラは知りたかった。

「ピアーズ、私もう行きますね」

「お疲れ様でした」

いつもより適当に敬礼する彼を見てメラは重症だな、と心の中で呟く。

「お疲れ様です」

そう返し、事務室を後にする。
その子を見に行ってやろうじゃないか。



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