夏に変わる接吻を

夏が近づいてきた。
一人暮らしを始めて約三ヶ月、桜はあっという間に散って梅雨も過ぎ、夏特有のもわっとした蒸し暑い日が増えてきた頃で、夏というにはまだ早いような、春と言い張るには暑すぎるような、とにかくそんな頃に彼からの電話があったのだ。

「もしもし」
『もしもし、元気?』
「うん、まあ、あ、いやそんなに元気じゃないです」
『おやおや』
「最近妙に暑くて」

嫌になる、と続けると冷たい機械の向こうからはははっと笑い声が聞こえた。

「どうかしたんです、電話なんてめずらしい」
『いや、かわいい梓の声が聞きたくなって。あ、そうだ。一つ君に報告が…』

最後の方は声が小さくてよく聞こえなかったけど、何か伝えたいことがあるらしい。じっと続きを待つこと1分。

『ごめん、ちょっと呼び出された。また電話する』

彼は、嘘か本当かわからない愛してるを告げて電話を切ってしまった。
全く、自分勝手に電話をかけてきて、それでいて勝手に切るだなんてわたしが出なかったら一体どうするつもりだったのだろう。
ため息を小さく溢して窓の外を眺めると終わったはずの雨が降り出していた。

電話があった次の日、わたしはいつものように目を覚まし、トーストにバターとたっぷりのいちごジャムをのせて朝食をとった。いい事があった次の日と悪いことがあった次の日は大体このメニューだ。いちごがもともと好きで小さい頃から自然とこうなっていた。今回は後者である。

妙な関係だ、と自分でも思う。
年上の彼は立派な社会人で仕事もある。一方のわたしはただの大学生。
出会ったとき、たしかわたしはまだ高校生で、彼は会社に入りたての新卒だった。社会見学でわたしたちの班を案内してくれたのが彼で、それからなぜか仲良くなり、いつの間にかこういう関係になっていた。
だけど、今はお互いの忙しさもあって電話だけの、それも2週間に一回のペースのお互いの体調確認だけのような内容のものだけだ。それだけでわたしたちは繋がっている。

最後に電話があってから一週間たった。その間に季節は夏を本格的に迎えようとしていて、どのニュース番組も連日この報道ばかりだ。
わたしのいる地域もだんだん気温が上がってきたからなのか、熱中症に注意するよう呼びかける放送が繰り返されるようになった。
朝の暑くないうちに洗濯物を外に干して、朝食を用意する。今日はフレンチトースト。
朝のニュース番組を見つつ、わたしは今日みた夢を思い出していた。
子どもの頃の夢だった。子どものわたしがスキップしてたくさんの子どもたちと遊んでいる。そんな夢だった。
ふと現実に戻ると寂しさだけが胸に残った。ダメだなあ、今回は。

電話が鳴った。寂しさに浸っていたわたしは相手も確認しないで電話に出た。かけてきた相手は彼だった。

「もしもし!」
『もしもし。どうしたの、そんな勢いよく』
「あ、えと、いや、その」
『さみしかった?』
「…はい」
『ごめんな。ごめん』
「いや、高橋さんが謝ることないです。だって、お仕事だもの」
『うん、そのことだけどな』

高橋さんはそう言って息を吸った。

『やっと休みがとれたんだ』
「そうなんだ、よかったですね」
『しかも長めに』
「長め?早い夏休みですか?」
『まあ、そんなところだな。…ところで、明日から一週間の予定は?』
「いや、特にないです。今日から夏休みなんで学校休みだし」
『じゃ、一週間俺に頂戴』

その言葉にわたしは声が出なかった。一瞬、何を言っているのかわからなかった。

『明日、駅まで迎えに来て。やっと会いにいける』

彼が電話の向こうで微笑んだのがわかって、わたしも自然に微笑んでいた。今までの寂しさがその言葉だけで消え去ったのがわかる。胸が軽くなった。高橋さんはわたしだけの魔法使いなのかもしれない。
わたしも息を吸った。

「待ってます。早く、会いたい」

夏が始まった。




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