運命論

例えば、僕と君が出会ってなかったとしよう。僕はきっと他の女と共に今日の日を僕の家で過ごしていただろう。いや、もしかすると家じゃないかもしれないな。美術館、映画館、水族館。その他かもしれない。君は他の男と一緒に写真を撮りに、彼の車に乗って遠くに出かけていたかもしれない。ピクニックかも。動物園かい?それともショッピング?けれど、僕らが出会ったことによってそれら数多の可能性はすべて消え去った。そして今僕と君はこうして向かい合って座り、このカフェのコーヒーやケーキを楽しんでいる。このカフェだって、君に出会わなければ僕は知らないままだっただろうね。なぜかって、君が僕をここに連れてきてくれた初めての人だからね。この深い香りのコーヒーの味を僕は一生知らないままだったかもしれないってことさ。ともすれば、僕と君が出会ったのは運命じゃないかって思うんだよ。柄じゃないかも知れないけれどね。まあそんなに笑ってくれるなよ。笑った君を見ることも勿論好きだけれどね。

君に出会わなければ僕は一生あのフランス映画の魅力を知らないままだったに違いない。あのミュージシャンの歌声に耳を傾けることはなかったに違いない。あのやたらと甘いパンの味も知らないままだっただろうね。あのパンの甘さは絶妙だって?それは君があまりにひどい甘党だからさ。なんたって君はコーヒーに砂糖を三杯も入れるじゃないか!当たり前だって?そんなのは君ぐらいさ。ちなみに僕はミルクしか入れないからね。ああ、僕はあそこのパン屋なら、ふわふわの焼きたて食パンが一番だと思っているよ。君もそうだろう?あのパン屋を君に教えたのはまぎれもない、この僕だ。君も、僕に出会わなければあのパン屋を知らないままだっただろうよ。

僕と君が出会うことはきっと大昔から決まっていたんだよ。大げさかも知れないけれどね。本当に思っているよ。その証拠に僕らは手に取るようにお互いの好みをすっかり把握しきっているじゃないか。言った覚えのない好みを僕らはすっかり言い当ててしまっただろう?あれには驚いたよ。君は一体いつ僕があの喫茶店のモーニングが好きだって知ったんだい?秘密って、そりゃあないぜ。ああ、もしかしたら前世でも僕らは恋人だったのかもしれないね。それこそ本当に運命だ!宿命だ!つぎに生まれ変わっても僕らまた出会えるんじゃないか?そんな気がしてしょうがないよ。いやいや、安いラブソングにもよくこんな歌詞があるけれど、それと一緒にしないでおくれよ。こんなに真剣に言っているのに!

急にこんな話をするなんてどうしたんだって?そうだね、いつもはこんな話をしないからね。ああ、頭は正常だよ。大丈夫。CT検査だって?冗談じゃない。健康診断ではすべて異常なしだったよ。安心して。さて、ここまで回りくどいことをツラツラ話してきたけれど、どれも僕の緊張を解すための時間稼ぎだよ。いや、本当に思っていることを述べていたのだけれどね。そうだね、そろそろ本当のことを言おうか。僕が言いたいことを簡潔にまとめると、君、僕と結婚してくれないかいってことさ。返事?イエスしか受け取るつもりはないよ。




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