どうぞ、芯までつけ込んでね

忘れもしない、あの告白は勢いだった。好きだったのは本当だ。でも内田が付き合っているのは隣のクラスのやつだった。諦めかけていたときに、別れたのである。タイミングがよかった。良すぎた。言い方はどうかと思うけれど、つけこむには絶好のタイミング。けれど、あのとき、内田はただ驚いているだけで返事はくれなかった。それどころか、その日の学校では何事もなかったかのように過ごしていた。もしかして、忘れられているのだろうか。だとしたら、かなりキツイものがある。
あれから一週間。内田が動く様子は一向になく、そろそろ俺も耐えられなくなってきた。大きなため息を机に向かって吐くと「だいぶキテんな」と理人が笑った。
俺は頭を机にのせて、窓に寄りかかる理人をにらんだ。

「そんなんなら、自分から聞けばいいじゃん」
「バカ、言えるわけねえだろ」
「勢いだけで、海で朝日をバックに告白したロマンチストなのに」
「たまたまだって。…俺そんなロマンチストじゃないし。…たぶん」

たぶんってなんだよたぶんって、と理人はハハッと笑った。こいつはルックスがいいから女の子には苦労したことがなさそうだ。前の俺ならここらでやっかみの一つや二つ言ってやっただろうが、今はそんな余裕がない。

「おっと、噂をすればなんとやら、だな。ケン、来たぜ」
「は?誰がだよ」
「内田だけど」

理人の言葉に頭をあげると、正面には内田がいた。窓の方を見ると理人の姿はもうない。きっとどこかでこの光景をみておもしろがっているにちがいない。

「お、おう。…どしたの」
「この間はありがとう。明日の予定、聞いてもいい?」
「あ…したは何もない…けど?」
「本当?なら、この間のお礼がしたいんだけど、いいかな」
「礼なんていいのに…」
「お礼も兼ねて、なんだけど」

どうやら、忘れていなかったみたいだ。よかった。
それなら明日の昼に駅で集合しようとなり、内田と会うことになった。さっきまでの憂鬱な気分が一気に晴れた俺はなんて単純なんだろう。男はみんな、単純だ。今だけそういうことにしておこう。


「こんにちは」
「こ、こんにちは」

駅にやってきた内田は、いつも学校で見るより幾らか派手に見えた。たぶん、化粧をしているからだ。くちびると頬は、いつもと比べてずいぶん血色がいいし、目元も多少キラキラしている。学校でのおとなしそうな印象からは想像がつかなかった。
服装は、今流行っているらしいパンツにシンプルな白いレーストップスだ。彼女によく似合っている。だが、俺がいちばん目を引いたのは。

「…髪の毛」
「あぁ。さっき美容室へ行って切ってきたの。もう暑いし、長いとうっとおしいし邪魔だし。手入れもロクにしていなかったから傷んでたし。
ボブにしてみたかったからやってみたんだけど、やっぱり似合わなかったかな」

彼女の髪型は大きく変貌していた。背中まであった長い黒髪はどこかへ消え、肩より上に切り揃えられている。毛先がくるりと内側からに巻かれていた。髪の毛の漆黒は変わっていない。

「や、似合ってる…よ。びっくりした」
「そうだね、わたしも鏡をみてびっくりした」

こんなにスッキリするならもっと早く切っとけばよかったな、と彼女は毛先に少し触れた。俺も触れてみたいな、と思った。けれど、手はポケットに入れたままだ。
そこのファミレスでいい?と、内田が歩きながら言った。足はすでにそっちに向かっていたということは、最初からファミレスに入るつもりだったのだろう。ファミレスの中は思った通りエアコンが効いていて涼しかった。昼時というのもあってか、どこをみても客がいる。
通された席は窓際だった。2人で座るには広すぎる席だった。

「お礼だけど、今日はわたしがおごるね。遠慮なく好きなもの頼んで」
「いや、お礼はいいよ。俺が自分で勝手にやったことだし」
「それだと、わたしがムズムズするのよ。お願い」

じっと見つめられて、誰が突っぱねることができようか。俺はしぶしぶうなずいた。ありがと、と彼女はかすかに笑った。俺はちょっと格好をつけて苦手なコーヒー、それもブラックを、彼女はストレートティーをそれぞれアイスで頼んだ。

「それで、本題は?」
「そうね、本題ね。…あのとき、ちょっとつけこもうとした?」
「…ごめん」
「いいよ。それに、あのときわたしは返事しなかったし」

注文したものが届いた。どうぞごゆっくり、とお決まりのセリフを愛想よく言って店員は戻っていく。ご丁寧にミルクも一緒に運んでくれた。砂糖は、テーブルの上に設置してあるからそれを使えということだな。

「本当にわたしが好きなの」
「うん」
「…わたし、面倒臭いところ結構あるよ」
「…悪いけど、俺もそれなりに面倒臭いよ。あと、独占欲も結構ある」
「独占欲か。束縛する人には見えないな」
「そこまで厳しくないつもりだよ。一定を超えたらわからないけど」
「なるほどね」

内田は、設置されていたシュガーポットの蓋を開け、角砂糖を2つアイスティーに入れた。ストローでクルクル混ぜるがなかなか溶けない。次に俺のコーヒーについてきたミルクの半分くらいをティーに入れた。

「わたし、本当は甘党。甘いものが好きなの。ちょっと見栄張ったの。ストレート飲めたら大人っぽいかなって」

そう言って角砂糖をもう一つ入れる。グラスの底にまだ固形のままの砂糖が増えた。何が言いたいのかわからなくて、視線をグラスの底から内田に移すと、彼女は意味ありげに笑っていた。そして、開けっ放しのシュガーポットから角砂糖を取り出して、一口も飲んでいない、俺のアイスコーヒーに入れた。それも自分と同じ量だ。俺は怒りとか驚きとかそんなものより、彼女の動きに見惚れていた。次に彼女は半分になったミルクを全部入れた。

「野崎くん、飲めないでしょう。だって、一口も飲んでないもの」
「理由は、まあわかるか。俺も見栄張った」
「なら、わたしたちうまくやれるかもね」
「…どういうこと」
「わたしも野崎くんも見栄っ張りなところあるってことがわかったら、どこで見栄張ろうとするのかわかるよね。だって、思考回路が一緒」

そう言って彼女はケタケタと笑った。声をあげて笑う内田を見たのはきっと俺が初めてにちがいない。

「なるほど。なら、うまくいくかもな」
「面倒臭い女だけどだいじにしてね」
「それは心配ないよ。だいじにするつもりじゃなかったら、あんな告白しない」
「うまいこと、つけこんだね」
「そう言われると、参ったなあ」

ぽりぽり首筋をかくと、また彼女はケタケタ笑った。




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第二回企画の続き


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