好きの気持ちに線が引けるならやってみろと僕は言う。
勝手に上がっても誰も出て来なかった。
部屋の持ち主であるブチャラティは仕事で既に出ているからここにいないことは知っている。それを踏まえた上で、僕はキッチンのテーブルに果物の詰まった紙袋を置きそのすぐ後横にある小さな部屋を目指した。
そこは朝の真っ白い光で溢れかえる、子ども部屋。
この部屋の主にしか価値を見いだせないがらくたの他は、部屋が小さいせいでずっと大きく見えるベッドが置いてあり
中にはふかふかの布団に包まれて規則的な寝息を繰り返す、少し大きな子どもがいた。
世界で今自分が一等幸せだという顔で眠るそのひとに、僕はあくまで事務的に、白く輝くリアルを告げた。
「Buon giorno, ナランチャ。」
起きてください。そう何度か声をかけると、ナランチャは薄く目を開ける。
「今日はとても天気が良いですよ。勿体無いんじゃないですか」
眩しいくらいの初夏
窓を開けると、白いカーテンが陽の光を纏って吹き込んでくる風を孕んで小さな部屋の中に舞い上がる。
ナランチャはと言えば、薄く開けた濃い黒の睫の奥で丸い瞳を揺らして、まだ眠っていたいと言う。
とろんとろんと瞬きする睫。濃いせいで、アイラインを引いたように目がずっと大きく見える。
下手したら一つ下の僕より甘い輪郭だとか、そこに纏わる寝乱れたままの黒髪だとか。気付いたら、指でその柔らかい頬を撫でていた。
果物や野菜を多く採る方のナランチャは、健全な栄養バランスなんだろうが肉がつくとかいった点では殆ど発育不良みたいなもんだった。
十七だ一つ上だと喚くくせに背は僕より低いし、肩幅も無いそのラインはほっそりしていてどう見たって年下で。
それでもなんだって遊びまわるから筋肉はそれなりについている。と。
眺めていたところで、ナランチャが薄く瞬きし今朝数回目の無駄な抗いをした。
ほんとは寝ていたいくせに、叩かれたくないから形だけの努力をしてる。君らしいね。らしくないのはこんなお天道様が高くなるまで眠ってることだけど。
「ナランチャ。起きろよ、リンゴあるんだぞ」
ナランチャは何にも言わない。彼が今いるのは夢の国。
真っ白い光に向かって弾ける寸前の、脆い彼一人の夢。
「ねぇ、ナランチャ。」
薄く開いたその唇にキスをした。
毎日何回となく彼がしてくれる両頬への挨拶は、白い光の今朝は唇に落とした。睫の奥の瞳が、小刻みに揺れてそれを見ていた。
「Buon giorno, ナランチャ。」
「‥‥Buon giorno.」
髪を撫でていた指を離して笑う。
ゆっくり体を起こして、そのままぼんやりし始めたその唇にまた口づける。
「ね、君」
「‥‥ん。」
「こんなのがまだ普通の友情だって思ってるのかい?ナランチャ。君はいつまで気づかないままなのかな。」
寝ぐせのついた髪を梳いてやれば目を細めて甘受する。友達なら有り得ない吐息の触れる距離で言葉を交わす。
それにいつまでも気づかないままでいる僕のナランチャは、はっきり目が覚めたらまた僕を一等の友達だと言って笑うんだろう。
ナランチャの罪には僕がちゃんと罰をあげる。気付くまで、気付いたって君は僕のものなんだって過保護にするし暴力だって振るうしいつだって君の隣にいる。
ねぇナランチャ。僕が拾った黒い猫。
「リンゴがあるんだ。食べるかい?」
「‥‥食う。」
ウサギにすると喜ぶから、僕はナイフを取りに光る部屋から出て行った。
―― You lika' Bad Apple.
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