6.指と指、離れる瞬間
【高校生と高校生】
真っ黒かった世界がふ、と色褪せる。
掻き消えるように溶けるように褪色した世界の後は、窓の外から入り込む、朝の白い光を受けて薄ら柔らかく輝く金の色だった。
自分だけ先に起きてしまったらしい。まだ瞼を上下ぴたりと合わせ、健やかな寝息を繰り返す恋人の顔を、泉は寝惚け眼でじっと見つめた。
すやすやとまだ眠っているのも仕方がない。昨夜は寝付いた時間が遅く、今はそれからそう長くは経っていないだろうと体感する。
泉だって、朝練で慣らされていなければきっとまだ眠っていた筈だ。
早く目が覚めてしまった事は少し悔しいが、けれどこれはこれでと泉が開き直るだけの楽しみは、確かにそこにあった。
少し身動ぎして、自分のほうを向いて眠る彼の体へぴたりとくっつく。そこで腕を回し、抱きしめるようにすれば、泉は大好きな彼の胸の中だ。
密着したそこで軽く深呼吸すると、体の中まで彼の匂いでいっぱいになる。
ふう、と泉は満足気な息を吐き、彼の体へ回した腕を、今度は彼の手に重ねた。
二人同じ素肌の腕を指で撫で、つ、となぞって手と手を重ねる。
泉は彼の、浜田の手が好きだった。以前そこには、きらきらしたすてきなものがたくさんたくさんあった。
今はもうなんにもないよと言うように、浜田は小さく笑うだけだけれど、決してないそんな事はないと泉は思う。
だって、浜田に触れられると泉は嬉しくて堪らなくなる。
こんなに自分を喜ばせてくれるんだから、何もないなんて事あるだろうか。
器用ですてきな指と自分の指とを組んで、もう一回泉が幸せそうな溜め息をつくと、おでこの辺りに寝惚けたようの声が触れた。
「浜田?」
「ん……いずみ……」
むにゃむにゃ、という寝呆けた子どもみたいな可愛い声に、泉も思わず口許を弛めてしまう。
見ればやはり寝呆けている。目なんかほとんど閉じたまま、泉、と寝言を言いながら額に目元にたくさん唇が落とされた。
「おいこら、寝呆けてんなよ、」
「んー。」
じゃれているうちに泉は浜田の体の下に置かれて、キスの雨あられから逃げられなくなってしまった。
けれどさっき作った結び目はそのまま、もっと強固になって泉の顔の横に留められる。
やっと止んだキスの雨に薄目を開けてうかがうと、浜田が寝不足らしくやや浮腫んだ二重をして笑うのが見えた。
「おまえ、ぶっさいく!」
「あー、んな事言うのはどの口だ? お仕置きしてやる!」
「ばっか、やめろぶさいく!」
「二回も言ったな!」
朝の白色をするベッドの中が、ほんの僅か声を取り戻した頃、枕元で端末のアラームが鳴り始める。
ぴぴぴと小鳥の声に似た、甲高い電子音。
もう終わりの時間だ。笑顔を浮かべたまま、少し寂しそうな顔をした泉を見つめて浜田はまた唇を落とす。
今度はちゃんと、唇に。電子音が控え目に鳴り響く中、二人は一瞬朝の色を忘れる。
でも再び瞼を上げる頃には、さっきよりも明るい朝の光が差す。
ああもう夜なんか、部屋の隅にも残らない。
浜田が体を起こすと、一緒に結び目も解けてしまった。
手のひらと手のひら、指と指が浮き、解け、離れる。
それは夜の終わり、朝の始まり。
恋人の時間は終わって、友達のふりをする朝が始まる。
「浜田、」
「ん?」
「また今晩泊まってっていい?」
「ダメ。そろそろ帰らないと、うちの子にしちゃうよ」
一層、それでありたいのに、真っ当な色の朝が来るから、結局手と手は離さないといけないのだ。
でもだからこそ、夜は甘いのか知れない。
愛しいのか知れない。堪らないのか知れない。
だから、自分たちは指を強く強く絡めたいのか知れない。
背徳感と秘め事する喜びで出来た夜のために、二人は朝も肯定するのだ。
踏み出した白い部屋には夜の残りは微塵もないくせ、片手の指には、いつまでも熱が燻るようだとそんな気がした。
―― Smolder last night at my palm.
指に触れる愛が5題より
「6.指と指、離れる瞬間」(おまけ)
グダグダ感すごい
しつこいお味に仕上がってしまいました…