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ねこみみ★スイッチ(デモ版)1/3

 

 ぴるるるる、と枕元で携帯が鳴った。それだけでも寝ていた浜田を起こすのに十分だったのに、甲高い音を支えるように低く唸るバイブの振動が更に不快な気分にさせてくれる。
 小刻みに振動する枕の上で浜田が眉根を寄せながら薄く目を開けると、案の定朝日の眩しい光が部屋いっぱいに満ちていた。夏をすぐそこに控えた空は今日も晴れてくれるらしい。
 でもそれは、今日外出する連中が気にする事だ。今日は日曜だから、天気が良ければみんな喜びそうなものではある。が、今日の浜田の予定は夕方からのバイトしか入っていなかった。
 つまり朝方から天気が良いというのは、浜田に何の関係もない。ついでに言えばせっかく寝坊できる日曜の早朝にアラームをかけるような変態でもない。

 だから、この携帯の訴えたいのは、誰かがひとの迷惑も考えずに電話してきているという事なのだ。それに思い至るともっとめんどうくさい気分になってしまった浜田だったが、いちおう電話の主を確認すると、そのまま通話ボタンを押した。

 液晶に表示された名前は「泉」。過去は浜田の後輩であり、現在は同級生である少年だ。ぴ、という電子音の後、完全に寝起きの声で呼びかけると、泉は一度確認するように浜田の名を呼ぶ。彼は同級生になってから、浜田に対する後輩らしさを見事に払拭してしまっていた。


「おー。どした、朝から。」


 耳に直接流れ込む声は解像度が低く、相手の心情まではうまく汲み取れないのだが、その声色でなんとなく泉が焦っているような気がした。よく時間を確認したわけでないからわからないが、おそらく普段なら今頃は部活の朝練に行っている時間ではないだろうか。そう問うと泉は休んだと答え、今からおまえんちに行って良いかと逆に問い返してきた。


「え、なに、」

『いいから、おまえんちあと五分で着くから上げろ!』


 早朝ではあるが今更気を遣う相手でもなし、部屋に来るくらいは構わないが、しかし何だって急にそんな事を言い出すのか。さすがに寝起きの頭でもおかしいと思い、理由を訊ねようとしたら命令口調でお告げが下り、途端切れてしまった。

 携帯からは最早通話の途切れた空しい音しか聞こえてこない。手の中に入れた携帯をそのまま布団の上に置き、浜田はゆっくりと話の整理をしようとした。
 といってもほんの二言三言の会話だ。要点はまとめるべくもなくただ一言、「これから泉が来る」というそれだけ。
 一度瞼を下ろした浜田はそれと同じくらいの時間をかけて再び瞼を上げ、そうして体を起こした。ただでさえ睡眠が多く必要な年頃なのに、寝るのが遅かったせいで輪をかけて眠い。通話の間ずっと目を開けていたのに未だに目が慣れないのはその為だろう。
 そのまま廊下、というか狭い玄関が延びただけのような通路に出て、いちおうドアの施錠を外しておく。泉が部活を休んでまでここに来る理由はわからないが、準備はしておかないと、彼というのは後が怖い。なんとなく水を飲んだり、まだ炊けていない白米の代わりに朝食になりそうなものを見繕いながら時間を潰しているうちに、外の錆びた階段を誰かが上ってくる音が聞こえた。

 浜田の借りている部屋はそこそこにきれいなものの、外階段は金属製の簡単なものだ。カンカンカンと音のするそれは、部屋の防音がいまいちなせいもあって、廊下にいれば誰かが使っているのが聞こえる。
 アパートの住人は浜田と似たような生活リズムだ。廊下が薄暗いせいで再び睡魔に襲われながら、この音はたぶん泉だろうなと思っていると、ちょうど指の先で金属のドアを叩くようなノックが二回された。開いていると声をかけるとノブが回り、開いたドアから泉が姿を現した。
 入ってくるときも無言で、しかも羽織ったパーカのフードを目深に被っているので顔は見えないが、浜田には体つきや雰囲気で泉とわかる。だからいつものように声をかけたが、彼は入ってくる時に一度こちらを見たぎりで、ずっとうつむいていた。


「はよー。なに、どしたの?」

「………、」

「泉ー? つかパーカって、暑くね?」


 ドアを閉めた玄関で、サンダル履きのまま立っている彼の出で立ちは、部屋着のラフなそれの上に長袖のパーカを羽織っていた。
 六月上旬とはいえ今も朝方などは確かに羽織り物が必要な日もあるが、今日のように天気が良くこれから気温も上がりそうな朝は、いくら薄手でも長袖の羽織り物は若干暑い気がしないでもない。浜田は七分袖の薄いカットソーでちょうど良いくらいだし、まさか運動部で代謝も良いはずの泉が肌寒く感じているなんて事はないだろう。
 その証拠に、泉はビーチサンダルを履く足は素のそれで、履いているのは膝が隠れる程度のハーフパンツ、パーカの中は生地と薄さから見ておそらく浜田と同じ、袖のやや短い春物だ。
 体感温度はそれでちょうど良いはずだ。なのに、なぜフードまで被っているのだろう。そう思い浜田は純粋に親切心で水色のフードに手を伸ばした。泉が抵抗しなかったのでそれはあっさりと彼の頭部を晒し、軽い音をたてて背中のほうへと行ってしまう。

 泉は、その間もずっと顔を伏せていた。そらされる事のない浜田の視線から、逃げる事だけはしなかったが、真正面から受け止める事はできなかった。


「あ?」

「………、」

「なにソレ。かわいーなあ。」

「……ばか。」



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