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○in'da H@lloween!

 


 夜更かしなどザラだが、今夜ばかりは明日が休みでよかったと思ってしまうほど更けていた。
 再び田島の空とぶ赤いママチャリに乗った花井は、帰り際泉にもらったお土産のジンジャークッキーを眺めながら今夜のことを思い出していた。

 結構な量のケーキやアイスを田島と二人でほぼ平らげてしまったみはしは、設営の役員だった阿部の都合で一足先に帰ってしまった。
 あれだけ食っておいてまだ足りなかったのか阿部の分とクッキーをふたつもらったときはかなり喜んでいたが、別れ際、田島のついでだろうが花井のところまで挨拶に来てくれた。
 田島ほどスムーズに話してはくれなかったものの、目は真っ直ぐに花井に向けて、たどたどしく「よろしくね、あの、たじまくん」と呟いて、待ちぼうけの阿部にまた小突かれながら帰っていった。けれど阿部のことはよほど好きなのだろう、阿部のげんこつが本気でないことがわかっているのかふわふわ笑っていた。
 「よろしくね、あの、たじまくん」変な順序で言うものだからしばらく理解しかねていたが、どうやらアレは、田島をよろしくということなのだろう。
 一介の友達である自分に田島をどうよろしくされたものか更に理解は難しくなったが、ひとつだけ、なんとなくわかってしまった。

 陰陽師の阿部は狐のみはし、ハマダと泉はヴァンパイア同士。
 それを考えてみるとあの祭りにいたものはだいたい連れを伴っていて、それは特に近しいものだったり信頼しあっている間柄のものだった。
 けれど田島の連れだった花井はただの学校の友達で、特に親くしているかと問われたら四月に入学して部活と学年が同じだけの関係だとしか答えられない。特に学校以外で遊びに出た覚えもないが、けれど、田島は花井を連れに選んだ。

 普通に学校に通っている魔法使いの子どもが、ほんとうにただの、普通の友達を「反対側の世界」へ連れてきた。それって、結構大変なことなんじゃないのか?


「はない」

「…え?」

「クッキー、食いたいなら食えば?」


 最早考えに没頭していてクッキーなんて見えていなかったが、そう言った田島の声にはっとして慌ててポケットの中にしまう。
 もう祭り場はとうに見えない。高度のせいか、半分の癖に煌々と輝く月が今夜は異様に大きい。冷たい風を切って飛ぶ田島のママチャリと並んで浮かぶそれは、月というよりは大きな石のようだ。

 花井は口を開いた。あのとき言いかけて、やめて、今も結構気恥ずかしい台詞だけどすらすらと言えたのは、眠気のせいにして。


「オレ、べつにおまえのこと。こわくなんかないから。」

「…………」


 ひよひよと風が鳴く。喧騒どころか鳥の羽音さえ無縁の空の上では、花井の低い声をよく通す。
 だから届かない筈はないのだ。その証拠に田島は聞き返さないし、答えあぐねているようだった。

 だって、はじめあの会場で「こわいのか」と言ったときの田島の目は、今思えば田島こそが花井をこわがっていたのだ。
 勢いで連れてきたけれど、そういえば自分は少し普通とは違っていて、花井は思い切り普通の友達だった。どうしよう?こわがられたりしないだろうか、とか、田島のことだから途中でやっと気づいたのだろう。

 こわくないのは嘘じゃない。あのときだって驚きはしたけれど、田島がこわいなんて思わなかった。
 田島が今いちばん欲しがっているのはこの言葉じゃないだろうか。


「…おう。」


 小さな返事だった。元気とかしましさが売りの田島がともすれば風に流れてしまいそうな小さな声で、たった一言「おう」と言った。
 たぶん大声を出すには勿体無くて、喜ぶには大きすぎて、なんて、自分の思いあがりだろうか。

 そのあと急に田島が立ち漕ぎなんてし始めるものだから、腹に腕を回していた花井はかなりおそろしい思いをした。
 気がついたら次の日の昼十一時になりかけていて、一瞬昨夜のことは全部夢かなと思ったが、双子の妹達が見覚えのある菓子袋を持って部屋になだれ込んできたんだからどうやら夢でなかったらしい。

 小さな透明の袋に、二枚だけになったジンジャークッキー。それを突き出しながらこのお店どこにあるの、と聞かれて、友達が作ったんだと答えてやる。
 あとで田島に電話をかけよう。妹がうるさいのでハマダにクッキーを頼むのと、昼飯でも一緒に食いに行こうかと。


―――― let’s say, trick or treat!


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