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★ この赤色は恋の色

【狼と赤ずきん】


 
 森の中にある小さなおうちの玄関先で、男の子が一人、爪先立ちで鏡を覗き込んでいます。
 鮮やかな赤いフードからこぼれるのは、青い程に暗い色の真っ直ぐな前髪です。角度が気に入らないのか人差し指でちょいちょいと直し、満足のいく形を作ると、そばに置いてあったバスケットを持って「行ってきます」と元気な声で玄関の戸を閉めました。

 今日も森はきれいです。鬱蒼と繁る葉で縁取られた空も高く、お日様が高いところで真っ白に輝いています。
 でも男の子はフードがあるので全然眩しくありません。バスケットを前後に揺らし、森の中を歩いていると、ふいに声を掛けられました。


「赤ずきんちゃん、どこ行くの。」

「赤ずきんじゃねえ、オレは泉だ。」

「ご、ごめん。」


 ずかずかと森をばく進していたのであやうく聞き逃してしまうところでしたが、赤ずきんちゃんなんて可愛らしい呼び方をされてむっとしたので、男の子はそこで立ち止まって名乗りました。
 男の子の名前は泉といいます。傍目には、赤ずきんちゃんなどという可愛らしい呼び方も似合うくらい愛らしい顔立ちをしているのですが、言葉はけっこうきついものがあります。

 泉がふん反りかえってそう言うと、木の陰にいた誰かがびっくりして、ごめんねと謝りました。
 木のつくる濃い陰の中には、大きな狼がいました。枝葉が遮ってわずかしか届かない日の光にも、眩しいくらいに光る金色をした狼です。
 泉の愛らしい見た目と態度のギャップに驚いたのか、狼は口をぱくぱくとさせています。
 何か言いたいのでしょうか。それとなく察した泉は、言葉を促してあげることにしました。


「どうした。おまえオレになんか用?」

「あ、あの! 森の中暗いし危ないから、付いてってあげようかと……思って……。」


 狼は照れているらしく、右と左の手の指をくっつけたりしながらそう言いました。
 それを聞いた泉は、くちの端を引いてにやっと笑いました。あまり愛らしくはありません。
 狼も一瞬ビクッとしましたが、じゃあよろしく頼むと言われて表情を明るくしました。


「え、付いてっていいの?!」

「おう。あとオレ、ばあさんち行かなきゃなんねぇんだけど家の場所知らねえんだよ。おまえ知ってる?」

「知ってる知ってる! こっちこっち!」


 狼があんまり嬉しそうにするので、泉はさっきの笑い方とは違う、可愛らしい顔に似合った笑顔を見せました。
 真っ直ぐに世界を見る大きな両目をふっと和ませて、薄ぺらく花びらのような唇は控えめな弧を描きます。
 それがあまり愛らしいので、狼はそれを見つめたきり照れて真っ赤になりました。
 泉をじいと見つめたきりしゃべりも動きもしないので、早く連れていけ、と泉は狼のしっぽを引っ張りました。


「なあ、ちょっと休憩しようぜ。」

「うん……。」


 けれど、しばらく歩きましたが目的地にはいっこうに着きません。
 泉が先導する狼に少し休もうと声を掛けると、狼も頷きました。

 二人そろって、木の下に座ります。
 森は木ばかりですが、葉っぱは透明な翠玉の色をしているので、草の上には柔らかな緑色の光があふれています。

 そんな美しい世界の下で、泉は狼を見ました。狼は泉より頭ひとつぶんも大きく、同じように座っても泉は見上げなければなりません。
 その視線に気付いた狼が振り向くと、泉は手を伸ばし、指で狼の金色の髪を撫でました。

 きらりと艶を走らせて指を滑っていく金髪は、まるで甘い蜂蜜のようです。
 何も言わずに見上げてくる泉を、狼もまた見ていました。髪を掬う細い手を取り、狼は囁きました。


「……ごめんね。」

「何が。」

「気づいてるだろうけど、泉のばあちゃんちには向かってないんだ。ていうか知らないし。」

「……」

「二人きりに、なりたくて。」


 狼が泉の唇を撫でます。そうして、掴まえていた泉の手首を自分の方へ引き寄せると、そのまま泉の唇と自分の唇を重ねました。
 何度か啄む様にされて、泉も目を閉じてしまいました。濃い睫毛の列びに狼が見とれ、口づけるのを忘れた頃、泉は話を始めました。


「ばあさんち、わからないって」

「うん、ごめん。」

「まあそうだろうな。オレのばあさんちなんかねぇんだから。」

「え?」

「おまえ、いつも部屋の外からオレのこと見てたろ。」


 に、と泉がするのはまたあの愛らしくはない笑い方です。
 けれど不思議と狼は、それに見とれてしまいました。


「オレもおまえと二人きりになりたかったんだよ。すぐ見つけてもらえるようにこんな派手な頭巾まで被って。」


 もう用無しだ、と泉が真っ赤なフードを脱ぐと、艶々の髪が揺れて露になります。
 その髪に手を差し込み、次いで小さな頭を手のひらで包んでしまうと、狼はまた口づけて来ました。
 今度はとてもとても長い口づけです。呼吸まで奪われて、唾液の糸を引いて唇が離れると、口の端に垂れたそれでさえ舐めて奪われてしまいました。


「それって、オレのこと好きだって思っていい?」

「そう言ったつもりだけど、おまえはどうなんだよ。」

「オレも好き。ずっと見てた。」


 だったら会いにくれば良かったのにと泉が言うと、撃ち殺されちゃうからね、と狼は肩を竦めました。泉はそれを見てやはり愛くるしく笑うのです。

 そうして森の赤ずきんちゃんは、狼に食べられてしまいました。
 後に残っていたのは真っ赤なフードだけ。
 その後の二人の行方は、翠玉色の森の奥に消えようとして知れないままです。


―― I am a Hunter, Love Hunter.


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