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おおきく吹きならして 1/5

 

 六年通った小学校よりずっと大きな体育館は、外に見える花霞色の日差しでいっぱいだった。

 入学式の次の日に新入生歓迎会と部活紹介を兼ねた時間が設けられ、手持ちぶさたの俺たち新入生は会場の体育館の端っこで膝をかかえて閑談する。
 バスケ部、バレー部、卓球部、サッカー部、野球部、陸上部、水泳部。部それぞれの特徴を活かしたパフォーマンスが体育館を沸かし、やがて部員全員水着姿だった運動部最後の水泳部が終わると、続いて吹奏楽部のきらきら星が笑い声と野次の代わりに体育館に響き渡った。金管と木管と打楽器で作る、アレンジされてはいたもののその場の誰もが知っているそのメロディ。


 そのソロで、ひとりいすから立ったひとがいた。背筋をしゃんと伸ばして、金色に光るトランペットを高らかに吹き鳴らす。
 それはそれは格好よくて。俺はその頃トランペットなんて名前も知らなくて、音楽の授業だってBGMつきの昼寝の時間くらいにしか思ってなかった。
 けれどそのひとを見て、音楽ってこんなに格好いいもんなんだと思った。そのひとがすごく誇らしげで、演奏している姿を見るだけで音楽がだいすきなんだってことが、手に取るようにわかるくらい。


 この日俺はそのトランペッターと音楽に恋をしてしまったのだ。


――― おおきく吹きならして


 

「あ、泉。」


 部活はじめのミーティングのあと、楽器と楽譜とポーチを持って上り階段へ向かっていたら、後ろから呼び止められた。
 階下を見ると部長の花井がやっぱり同じような道具を持って立っている。違うのは楽器ぐらいで、花井のそれはトロンボーン。金管同士で楽器の並びも近いため花井とはなにかと一緒になることが多く、入学してのこの二ヶ月でけっこう話すようになっていた。

 なに、と階段の途中で返事をする。振り向くのもめんどうで首から上だけ向けるという面倒くささ全開の俺の態度は最悪だが、花井はそういうのを気にしなかった。昔はおなじことをして先輩たちからよくお小言をくらったものだが、一年生だけで作られたこの部ではそういうことがほとんどない。
 坊主頭にタオルを巻いたナンチャッテ運動部の部長は、そのよく通る声で「また屋上行くのか」と問うた。

 段差はあるが花井の背丈のせいであまり距離を感じられない白いタオルをぼうっと見つつ、俺は是と答えた。


「おう。」

「スキだな屋上。柵にもたれて落ちんなよ、ただでさえ部員少ねぇんだから」

「俺より部活の心配かよ。部長サマは大変だね。」

「そーいうわけじゃねーよ。コレ」

「なに。」


 すでに階段の半ばまで来ていたのに花井が紙を出したので引き返す羽目になる。インクの匂いがまだ乾ききっていないその藁半紙は、八月に控えた地区大会のことについての詳細と連絡だった。A4用紙の裏側には、今日以降一週間の予定が分刻みで詳しく書かれている。
 さっきのミーティングあとに刷られたものらしく、手元には部員ぶんくらいの枚数がまるまる残っていた。


「そろそろ大会近いからやべーぞ。欄びっしり」

「こんなもんだろ。昨日モモカンに言われたとこも出来るよーになんねぇとだし。」

「……泉って意外と部活スキだよな。」

「意外って言うな。」


 じゃあ、ほかにも配らないとだからと任務を終えた花井が次の教室に向かって歩き出したので、俺も階段を上り始めた。

 自分では部活も好きだし真面目にやってるつもりなのだが、ひねくれた性格の所為か、それが他人の目には「意外」と映るらしい。
 俺が好きでやってるんだから、他人がどう思おうと自分でわかってりゃいいと思う。それでも言われればちょっとは複雑になる気持ちを連れて、俺は錆びた屋上の扉を開いた。


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