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三七度の融点

 


てのひらとてのひら

ゆびさきとゆびさき

重ね合わせて

なにが見えるの なにがわかるの



―― 三七度の融点



 重ねた手のひら握った手のひら、それでなにがわかるのかと、知ったふうな顔の彼に訊ねる。


「三橋。」

「な。なに。」

「よく阿部と手重ねてっけど。なんかわかんの。」


 そう言うと彼はつり目を瞬き、つい今ほどもう一人と重ねていたその手を見た。


「わかる。わかる…ええと。多分。」

「なにが。」

「なんだろ。あべくんが、考えてることとか、は、難しくておれにはわからないけど。でも、なんでか、わかる気がするんだ。」


 熱や、肌や、触れ方や、そんなで気持ちがわかるのらしい。
 そんなものなのだろうか。みんな、そうなのだろうか。
 薄い皮に詰まった熱なんかで、相手の考えてることが、ほんとうにみんなわかるのだろうか。


「どう思う。三橋はそう言うんだ。」

「さあ。どうだろ、わかった気でいるのかもしれないし、ほんとうにわかってるのかもしれない。」

「おれには、こうしてたっておまえのことなんてわからねぇよ。」


 小夜の雨。しとしととガラス一枚隔てて降る雨は低温に、顔を埋める腕の中も緩やかに熱を持つ。
 大好きな腕に抱かれながら寝物語る夢は昼間のそれで、果たして本当かどうか、決めあぐねたおれは直接彼に訊いてみた。

 浜田はくすくす笑いながら背に回した片手でとんとん叩いてみせた。
 緩慢なそれはおれを夢へと誘う。
 やがてその手は肩を撫で、こめかみあたりの髪を掻いた。そして曰わく。


「何もさ。何かを知るためだけに触んなくても、いいんじゃないか。」


 浜田の長くて骨張った指に髪を梳かれると、涼しい空気がたくさん入って心地良い。
 髪の生え際から毛先まで、撫でては戻りする指を、黙っておれは受け入れる。


「なんだって?」

「例えば泉は、今こうやって髪撫でられててどうよ。」

「だから。おれはわかんないって。」


 同じことを繰り返させる浜田にいらだつおれと、そんなおれにくすくす笑う浜田がいる。
 こういうとき、おれは自分がひどく幼稚に思えて堪らない。


「わかんなくていいさ。別にオレは今、泉に何か伝えたくて触れてるわけじゃない。泉に触れたくって触れてるんだから、それはそれでいいじゃない。」


 彼は囁く。浜田はいつだって、おれが首をかしげると自分なりの答えをきかせてくれる。
 それは大抵の場合どっちつかずの浜田らしい答えだけれど、ちゃんと彼の哲学が混じっているから、おれはそれが好きだった。

 そう、問いや答えなんかどうだっていいのさ。おれはたとえ一片だって彼の頭が覗きたいだけ。


「そうか。」

「そうさ。」

「じゃあおれは、おまえにこうされてただ気持ちいいって思うだけでいいんだな。」

「そゆこと。」


 話も終わりのようだから、おれは額を浜田の胸にこすりつけた。

 ガラスの向こうは雨脚が強まり、結構いい音で鳴っている。きっと二人くっついていなきゃあ今晩あたりは、体が冷えてしょうがないだろう。
 だからおれはくっついただけ。でも、彼に言わせたらそんなのいらないよと言うかもしれない。

 くっつきたいからくっついただけ。
 でもさあ浜田、おれはおまえみたく、そんなすてきなこと言うくちは持ってねえんだよ。


「おやすみ、泉。」


 ああ、でもさ。わかるかな。
 わからなくていいってあなたは言ったけど、おれは今幸せでたまんないよって、この肌からあなたに伝わってるといいなって思うんだ。



――― So, i, am, clumsy.

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