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密接バスタイム

「離せよ」

「やーだ。」

「離して下さい」

「却下します。」



喋る度湯船に浮かべたアヒルがちらちら、こっちを見るのが不愉快だ。
その真っ黒いビーズみたいな丸い瞳で、頼むから俺を見ないでくれ。



「えへへぇ、いずみー。」



ああぶん殴りたい。




――― 密接バスタイム




 浜田んちのボロアパートには、申し訳程度にちっちゃい浴槽のついた風呂場があった。
 手洗いと一緒くたになったそこには歯ブラシとか洗顔料とか、浴槽脇には何処ぞの粗品らしいたらいの中にシャンプーだのが入っていて、
何故かそこへ隠れるように黄色とオレンジのアヒルの玩具が入っていた。

 俺が風呂場に足を踏み入れる頃には既に、湯を張った浴槽で一番風呂を楽しんでいたアヒルの頭を指でつついた。
玩具のくせに。


「こいつの存在意義は何なんだ」

「むさ苦しい男の一人暮らしを癒してくれんの。」


 浜田アヒルと言うらしい。玩具のくせに浜田の姓を名乗るなんて厚かましい。
 大義そうなその意義を鼻で一笑し、人指し指でその五百円ほどのサイズの頭を湯船に沈めてやった。
 文字どおり俺の手によって窒息寸前の浜田アヒルを、浜田の俺のそれよりもずっと骨張った手がちゃぷんと湯から現れてアヒルから丁寧に指を剥がし、そのまま連れていってしまった。

 そんなに大事か、浜田アヒル。
 もう面倒になって、後ろへ体を預けてそのまま脱力した。



「…離せよ。」

「え、お前から寄っ掛ってきたんじゃ」

「支えるだけでいンだよ。誰が抱けっつった」

「‥‥俺の背後霊?」

「ばか。」


 無遠慮に体の全体重を預けた体。
 水を挟んで、それでも触れたところにはダイレクトに浜田の熱を感じた。

 一人暮らし用の狭い浴槽に半分だけの湯を張って、俺と浜田は風呂に入る。
 二人で入れば水半分で済むし、なんて浜田曰くの魂胆バレバレな理由だが、それに知りながら付き合ってやる俺も大概馬鹿だと思う。

 二人を同時に入れる目的で作られたんじゃない浴槽は高校生男子二人には少々で収まらない程、狭い。
 自然と浜田の膝の上が定位置になってしまい、頭を少し巡らすとあの深い灰色の瞳があって。
 思わず反らせずに居ると首筋に熱いものを感じた。



「泉、いずみぃ」

「んっ…だよ、このあほう!!」

「ええ?泉が好きだからさ。」

「そんな事訊いてんじゃねぇその手を退けろ!」

「ヤダヨ。」

「片言やめろキモ!キモい!」


 浜田の唇が音をたてて、俺の筋首へ赤い赤い痕をつけていく。
 抵抗しようにも腕を含めがっちりと抱き留められていて、逃げられそうもない。

のぼせる、と思った。

 揺らぐ水面であのアヒルの黒い瞳と目が合う。
 途端に浜田の手に顎を掴まれてキスする事になったからそれは一瞬で、円なそれはすぐに記憶から消えた。


お湯が揺れる。
世界が浜田と俺だけになる。
全部溶かす程全てが揺れて、ホラ。

だからやめられないんだ、密接バスタイム。



―― The Black Llttle Eyes,
Were Looking Us until All The Ended.

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