I Was Fine.
部活が終わって携帯を見たら、着信履歴がひとつだけあった。
留守電に切り替わるまでの十六秒間の着信。そういえば、今日はバイトないんだっけ。
ぱくんと携帯を閉じて一番最初に帰り支度を終え、おれはたった一回の着信を残した相手のもとへと足を急く。
そこまでは自転車で数分。道から見た部屋は電気がついていなかった。合い鍵を使って中に入ると、そいつは窓を開け払ったまま寝ていた。
「おい、コラ。」
「……んっ。…あ、おれ、もしかして寝てた?」
「寝てたよ。風邪ひくから、中入れば。」
暗い部屋で、そいつは小夜風に吹かれながら目を閉じていた。
ベランダにはお茶の空きカンとほぼ吸っていないタバコが一本。きっと、火をつけたあとぼんやりしていてそのまま眠ってしまったのだろう。
そいつがのろのろと部屋に入ったあとその残骸を視界に留め、窓を閉めたら、後ろから羽交い締めにされた。
いや、羽交い締めなら力不足だ。抱きつかれたと言うべきかもしれないが、抱きしめるにも力が足りない。腕が体に絡んでるだけだ。
こつ、とおれの後ろ頭に、そいつの額があたる。今日は、したいことをさせてやるのがいいようだ。おれは、そばにいるだけでいい。
「おれ、体冷えちゃったかも。」
「うん。」
「寒い。」
「うん。」
「泉、」
「なに。」
「ちょっと、汗くさい。」
「うるせぇ。」
ふふ、とそいつが笑うのが聞こえる。少し心地がついた。
寂しいのが嫌いなそいつは、時々今日みたいなことをする。出ないことはわかっていても電話せずにはいられなくて、着信履歴を一回残す。折り返し電話をすると、もうなんでもないよと言うから、おれは絶対に電話口で用件を聞いたりしないのだ。
タバコもそうだ。やめたはずなのに、どうしても手が伸びる。火をつけてはみるけれど吸う気にはなれなくて、そのまま捨てて。
うだうだ悩んでるうちに眠ったり、なんて、そいつは時々おれより子どもだ。
けれどそれだって可愛く思える。だってそいつは、おれの、大切なやつだから。
「今日泊まってくから。」
「え、いいよ、家帰れよ。いきなりじゃおかあさんも困るだろ、」
「もう連絡したし。シャワー浴びたら飯食うから、残り物でいいから飯の準備しといて。あと今日いっしょに寝るから」
腕から抜け出してそう言うと、そいつがきょとんとした顔だったので、かわいくって見上げるほどのその頭を撫でてやった。
「さみしかったんだよなぁ?よしよし、おれがぎゅってして寝てやるから。」
「な、べつにおまえ、…もう、なんだよそれー!」
耳を赤くして、きゃんきゃん吠えて、かわいいなあもう。
元気になったみたいで良かった。でもたまには、元気がなくたっていいと思うんだ。
いつもはおれのが年も下だから頼ることが多いけど、こういう仲だから、弱いところとかつらいこととか、あるなら見せて欲しいと思う。
つらいことはなくなりはしないだろうけど、そういうとき、そばにいるくらいは出来るから。
あと、まあ、しょげてるとかわいいし。
「あのさ、」
「うん?」
「…アリガトね?」
「ああ。」
「あと、お背中流しましょうか?」
「へんなとこまで流されそうだからヤダ。」
あとあんまり甘やかすのもよくないかもしれない。
きっと、しちまうんだけどさ。
―― I'm Fine, Now.
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