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くすぶる二月十四日


白かった

雪はすべて溶けてしまったはずで

からから乾いた残りの日々が

空が

先輩の吐く煙の色に染まってた。



「よぉ、泉。」



屋上で見つけた先輩の陰からは

細い細い煙がひたすら長く水色の空に向かって上っていた

夏までボールを握ってた右手の

人差し指と中指に、煙を吐いて燃えるタバコを挟んで。


ちっぽけなタバコの先は

乾燥してるせいか 真っ赤な色で燃えていた



「せ、んぱ」

「泉、こっち来いよ。いいから、ずっとこっちさ。」



逆光に陰る先輩の表情はそれでもよくとれて

知らないひとみたいな

どこか大人びた顔だった


おれはぐっとぐっと言葉を肺に詰め込んで

掠れたサインペンのあとがあるだけの上履きを、先輩のほうに進めた


泣きそうに歪む俺の目を

先輩は見て少し笑って

燃えるタバコを口にした




火先から出る煙が歪む

先輩が吸うからだ

今、葉や紙を燃やした熱煙がその口から喉を通り鼻腔や気管、肺へ睫を薄く伏せた先輩の目は

肺に溜めた言葉の群れを静かに燃やしてるみたいだった。 


「ほら。」



ふう、と煙のため息をついた先輩は

さっきみたいに笑って、

タバコを持たないほうの人差し指と中指で

短かった俺の髪を撫でた。

けどスポーツ刈りで撫でるには短すぎて

先輩はちょっと吹き出すと

今度はそのまま頭を支えて唇に唇を重ねた。

ほんとに一瞬だったけど、俺と先輩は確かにそのときキスをしたんだ。



「ふふ、」

「……」

「バレンタインのプレゼント。おまえにやるわ。」



それだけ言って先輩はもう空しか見ずに、タバコの煙を燻らせ続けた。

白く流れるそれは空に向かうささやかな川のようで

何かを燃やした匂いと

バニラのフレーバーだけ鼻をついた。




それが卒業してしまう先輩の最後の登校日だった

その日授業をすべて蹴った先輩は屋上で一日バニラの煙を燻らせ続け

次の日何もなかったみたいに笑って卒業して行った



でも信じてほしい先輩はあの日笑ってなんかなかったんだ

なにかを燃やして卒業して行ったんだ

すべて灰にして、煙の川だけ、三月の空に流していって

いなくなったんだ




一ヶ月も前の二月十四日をぶり返して。





―― my eyes have watched his smoke, like a funeral.

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