Category:花井と田島
2013 13th Nov.
○ ミスター・トランスミッター
【高校生と高校生】
目の前でいちょうの葉が落ちた。
まだ鮮やかな黄色のそれ。枯れたのでない、秋らしい景観を作る役目があったはずの葉が早々と落ちてしまった理由を考える前に、後ろから歩いて来た少年がそれを声高にのたまった。
「さみー!!」
ああ、と花井は思った。声に振り向く彼の目元には、いちょうの葉と同じ色したフレームのめがねがある。
ひといろで鮮やかの、あたたかな印象を与える色。寒い日ならなおさらに、それは好ましいものに思えて、遅れてやって来た田島は黄色のじゅうたんの上を駆けた。
今日はとても寒い。まだ十一月の半分にもなっていないのに、この国を襲った寒波は真冬の気候を早めに持ってきてしまったらしい。
植物だって寒いのに、人間が寒くないわけはない。
山の向こうとは正反対の、乾燥する大平洋側では、空気が冷えると痛く感じる。まして朝晩は昼間よりもぐっとぐっと冷えるのだ。
田島は勢いよく花井に飛び付くと、暖かそうなPコートに真っ赤なほっぺたをすり寄せた。
「ふむむむむあったけー。」
「おまえな、寒いんならもっとそれらしいカッコしろよ!」
コットンでできているらしいコートは少し重そうではあるが、厚手で暖かい。頬がほんの少しの間、空気が冷たいのを知らせないでいてくれたが、すぐに引きはがされてしまった。
田島の両頬を包んでいる手は手袋をしていて、やわらかな素材のそれは奥に隠した花井の熱を、冷えた田島の頬に少しずつ渡してくれる。
そのまま花井を見上げた田島は彼の出で立ちを見た。コートの襟元にはマフラーが収まっていて、彼の坊主頭を隠す今日の帽子は、耳たれのついたニット帽だ。頭のてっぺんと耳たれの先についたポンポンがかわいらしい。
すっかり真冬に備えた格好の花井に対し、田島はあまりに薄着だった。
寒さから守ってくれそうなものといえば、おしりをすっぽり隠してくれる丈の長いパーカくらいだ。あとは秋仕様である。せめてフードをかぶれば良いのだろうが、かぶり慣れていないのでその存在をすっかり忘れていた。
田島は体温が高いからか寒さはあまり気にならないが、花井は寒さに弱そうだ。夏ごろの生まれだしな、と田島が理由をつけていると、突然視界が暗くなった。
フードをかぶせられたようで、大きめサイズのパーカはフードも大きく、頭を覆ってなお鼻のあたりまで隠される。冷たい空気はだいぶ遮断されたものの、邪魔なので少しおでこにかかるくらいまで上げる。
すると、花井がまた手袋をはめた両手で頬を包んだ。暖かいが、今度は何故か親指で鼻の頭を押される。
笑い声がもれたので、ただのいたずらだろう。田島もその手袋に自分の手をかける。
体の末端である指先は一番冷えていて、最末端のつま先よりも纏うものがない為、体で一番冷えていた。
じわじわと、凍みが融けるように指先が暖かくなっていく。思い出したように熱を持っていくさまは、本当に氷が融けたようだ。
やがて花井は田島の頬から手を放すと、一回り以上小さな田島の手を、自分のそれで包み込んだ。
田島の熱はやがて、花井のそれと同じくなる。少し時間はかかったが、二人はその間一言も言わず、熱を均しくするのに専念していた。
「手、あったけー。」
「せめて手袋だけでも買えよ、軍手じゃないやつ。」
「んー。…でも、オレはちょっと、しばらくこのまんまがいーな。」
暖まった手を頬にあて、田島が「なあ」と言ったその目を見て、花井が少し頬を赤くする。
いたずらっぽく笑う目の意味がわからない花井でない。だからそれの答えとして、そっぽを向いた彼は何にも言わずに、田島の手をきゅっと握った。
―― The Best is Direct.
一年365題より
11/13「冷たい」
大平洋側の気候はわからないのですが、とにかく乾燥するとの事なので…
それでもこのお話の花井みたいにみっちり防寒するのはきっとまだ早いのでしょう。
こちらはとにかく寒くて、みぞれが降ったり、あと今のわたしのお部屋は摂氏五度なので、「とにかく寒い」という内容になってしまいました。
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