Category:花井と田島
2013 18th Feb.
○君に対する僕の信頼
【高校生と高校生】
昼休みが半分終わるくらいになると、七組に九組の生徒の声が響き渡る。
たった一人のその彼はたった一人の名をまず呼ぶが、花井がため息をつくわけはそれひとつきりの訳でない。
それ今日も足音がする。扉を開いてこの名を呼んで、今日は一体何用か。
「花井ー!」
「…田島。もっと声抑えろっつってんだろ、おまえは。」
元気よく名を呼ばれるのも、声量をもっと抑えろというのも毎度毎度の事ながら、やっぱり今日も繰り返す。
すると田島はその一瞬だけ「ごめん」と反省した振りをする。
明日にはまたおんなじ事をするくせに。はぁ、と今日何度目かのため息をついて、今日は何だと続きを急かした。
「辞書でもノートでも教科書でも何でもござれ。」
「じゃ英語のプリント。」
「………。」
「ごめんってー!次の授業でいるんだってゆーからさー!」
「授業で使うもんくらいなぁ…」
「やったよ!でも忘れちゃったんだもん!」
それは威張れる事じゃない、とは口には出さず、花井は机の中を探す。
英語であれば七組と九組は同じ先生だし、七組のほうが授業も進んでいる。ファイルに綴じていたA4のプリントを出してやると、それそれ、と田島が奪っていってしまう。
最早見慣れた光景だ。傍で見ていた水谷は、紙パックのストローをくわえたままつい笑ってしまった。
「花井に言えば、なんでも出てくンだなぁ。」
便利だ。二人のやりとりを見ていると、まるで未来のネコ型ロボットとそれに泣きついてくる男の子みたいだ。そんなことを水谷が言うと、花井は更に深いため息をついた。
別に水谷の言葉がおもしろくなかっただけではないだろう。田島が花井に何かを借りに来るのは二度や三度の事ではなく、ほぼ毎日だ。
教科書や辞書の類いは当たり前、ジャージを借りに来た事もあったし、次の時限に控えた小テストの範囲をヤマ当てしてもらいに来た事もある。
あと昼飯代がないとか言って借りに来た時は、家に帰って食ってこいと言う花井に九組で食べたいからと言って結局五百円借りて行った事もあった。
とにかく、花井は田島の当てにされている。当の花井がそれに気付いていない訳は無く、その為のさっきからのため息なのだろう。
大変だなあ、と笑う水谷に、田島はどんぐりみたいな目をまっすぐ向けて宣った。
「オレ、花井の事便利に使ってねーよ。」
「へ?」
「オレが花井を頼ってる回数が、そのまんま花井の信頼の大きさだと思ってよ。花井なら大丈夫って思ってんだ。なんか変なふうに取られたらイヤだからさ。」
田島のどんぐり眼は人を射るにはあんまり強すぎる。それに見つめられて一言も言えないうちに、彼は花井に礼を言ってプリントと共に教室から出ていってしまった。
後に残されたのは顔を見合わす水谷と花井と、昼寝している阿部。
「花井サン。」
「…何だよ。」
「えらいのに見初められちゃったんじゃないですか?」
「見初められたってなんだよソレ。」
そんな事を言うわりに、耳を赤くするのは何故か。
花井が何もなかったように机の上に教科書やノートを並べるのを見て、これからそれらに書き込まれるメモは格段に気合いの入ったものになるんだろうなあ、と水谷は思った。
ーー Convenience?
Not! It's Trust!
一年365題 より
2/18「コンビニエンス」
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