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2013 27th Dec.
彼は里のはずれの草原にいた。
年寄たちに呼び出され先程まで話をしていたと聞いたので、探していたのだ。その談義は少し前に終わってしまっていたから、彼はもう里にはいないのじゃないかと思ったから。
だからまず里はずれに来たのだが、そこに彼はいた。吹きさらしの土手で、少し強い風が吹くと丈の長い草がさらさらとなびく。
彼は下界を見下ろして立っていた。蜂蜜色の髪が五月の光を吸って、濃く目映く輝く。
「……おれも行く。」
「ああ?ばか、おまえまでいなくなったら里は干上がっちまうよ。ただでさえおれが駄目になって、年寄共が騒いでるんだから。」
振り返った彼は散歩に来たような軽装で、とてもこれからあてのない旅に出ようなどという姿ではない。
けれど、おれにはわかってしまった。彼はこのままどこかへ行こうとしている。
今やなんの力も持たない彼が何も携えていないのは、正にこれから身一つで生きてゆこうという現れなのだ。
「いやだ、一緒に行くったら、行く。駄目と言われたってついてくからな。」
たまらなくなり、おれがそう云うと彼は吹き抜ける緑の風に撫ぜられながら、いつものようにわがままなおれを笑った。
「絶対、ついていく。」
そう、ついて行かなければ。離れてなどしまったら彼とは二度と逢えなくなる。そんなことになったら、きっとおれの心は裂けてしまう。
全身で、全霊でおれは彼を慕っていた。決して報われないとしても、そばに置いてさえくれるのなら構わない。
報われないのは承知の上だ。
ならおれは愛されたいのでなく。
彼の為に、しにたいのだ。
「わかった。要るものだけ取ってきな、待っててやる。」
「! っすぐ戻る!」
「忘れ物がないようにな。」
青い風と青いこころと。
誰に云わず去ったとしても、里の者なら気づく筈だ。泉は浜田について行ったのだと。
術をなくした彼の手足となるべく付き従って。得るものは何なのだろう。
もしかしたら、失うだけかもしれない。彼の声に従うだけのねじになり、こころをつぶして生きるのやも。
ああそれだってしあわせだろう。じゃまになるならこころだって要らない。いのちだって要らない。
かれがそうあれと云うのなら。
ぼくはなんにだってなるよ。
だからそばにいさせて。
あなたのことが、すきだから。
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