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2013 8th Mar.
あんまり瞼が重いから、早々と寝てしまった。そりゃあそうだ、朝から神経を細く細くして剣の柄を握って、命をかけて過ごしているんだから。
しかしこのシュンという少年は、そうでなくとも眠りが深かった。それがこんな心地の良い夜なら、意識は透きとおった池の中に放られたように、静かに深くへ沈むばかりだ。
開け放たれた窓からは小夜風がゆるく入ってくる。月と星の光をのせたそれはぬるい空気を追い出して、外の空気で部屋を満たし、ちょうど肌に心地好い温度にしてくれる。
開け放たれた窓は何であろうと受け入れる。カーテンにいたずらする小夜風だろうと、皓皓と光り夜空を行く月だろうと、ちらちらと瞬く無数の星の輝きだろうと、それらを包む夜の帳と綿のような雲だろうと。
また、この世で最も厭わしい存在だろうと。
いつの間にか、すやすやという健やかな呼吸をする度に上下する胸へ、シュンのものではない手が置かれていた。
呼吸と夢を見るだけの頭を膝の上に乗せ、シュンの胸に置かれた手はまるで、生きているのを感じとるようにそっと置かれている。
眠るシュンを見つめる目は。
「こんなところまで。がんばったね。」
その声は白いばかりの月の色によく似ていた。
「もう少し、ゆっくりでも良かったけど。大丈夫」
返事のない彼一人の独白は、月の光のように眠るシュンへただ降るだけだ。
耳に入らなければ、なんの記憶にもならない。けれど彼は最後に一言呟いて、はじめ現れた時のようにいつの間にか消えてしまった。
「おいで。シュンくん、待ってる。」
その言葉を一人に注ぐと、姿は夜に溶けてなくなった。小夜風も最早止み、残ったのは空に浮かぶ天体だけ。
深い眠りだったはずなのに、夢の中で上を仰いだシュンの目には、あの夜空の白い石が光る月の粉を降らせているのが見えていた。
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