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2015 8th Jul.
かわいそうな人魚姫のお話みっつ
【王子さまと報われない人魚姫】
★ 青い人魚姫のはなし
おまえは負けたんだから彼を殺せとその為の短刀をもらった。そうすれば、勝ちもしなかったが負けもしないからと。
刀身も柄もひといろに真っ青の短刀。それを持って、月明かりと一緒になって、船の寝所へ紛れ込む。
この船は婚約者の元へ向かう。貴方は明日には人のもの。
でも、殺すなんか出来やしなかった。真っ青の短刀が静かに床へ突き刺さる。
そうして膝から崩れ落ちたオレは泣いた。泣きじゃくった。
だけど声を奪われた喉は何の音も作り出さない。辺りには懐かしい波の音。ただそれだけ。
手が濡れるから頬が濡れるから睫毛に雫が出来るから泣いているのだとわかる。
泣いて泣いて朝になって、光を受けると涙は泡になった。指が、手が、引き換えにもらった人間の脚が、そうしてすべてが泡になった。
いつか泡の残骸の中落ちている真っ青の短刀を見つけて、貴方は何を思うんだろう。
オレのふるさとの青い色。
いつか、おまえの髪と瞳の色はきれいなきれいな青色だねって言ってくれた事、貴方は覚えているんだろうか。
あの時一等幸せだったオレを、覚えていてくれるだろうか。
○ そばかすの可愛かった人魚姫のはなし
他の女と結ばれるなんて聞いてない。
そんな筈はない。おまえはオレと結ばれる筈なんだ。
おまえの負けだと言った仲間は短刀なんかを寄越してくれた。負けたおまえは泡になるが、人間なんか殺してこちらに帰ってこいと。
ばかを言うなよ。あいつはオレと結ばれる筈だったんだ。
だから殺すんならあの女。思い出のあの海で貴方と結ばれたいわなんてばか言ったあの女、ちょうどよく船に乗ってたから、おあつらえ向きに短刀差し込んで殺してやった。
ああおまえ、そんな顔して。
おまえ結ばれる筈だったのはオレだよ。助けてやったのも介抱してやったのも、歌ってやったのだってオレだ。
オレの影を探していたのに見当違いしやがって。お陰でオレは泡になっちまうじゃないか。
おまえが愛した女とおまえを愛したオレと、両方失って、かわいそうなおまえ。
次はちゃんと、オレを見つけてくれよ。
お願いだからさ。
☆ 金色の人魚姫のはなし
貴方に恋をして声と引き換えに人間の脚をもらった。
貴方はオレを探していたから見つけてくれるのは簡単だと思っていたのに、ひどい人。
貴方を殺せば戻れると言うから、残念だけどここが潮時みたいだ。
貴方は結局見つけてくれなかったし、オレは選んでもらえなかった。
お互いなかった事にしよう。
貴方を刺した短刀は思い出にする為持って行きます。
久々の青い海。短刀から延びる赤い赤い一筋の痕がきっと唯一の未練。
―――― かわいそうな人魚姫のお話みっつ
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