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2015 26th Apr.
【猫マンション】
真昼近い部屋の中は、窓からの光だけで十分に明るい。
ベランダに続く大きなガラス戸から入る明かりはリビングを明るくして、更にその奥にあるキッチンにまで届くようだ。
さすがに作業するには別の明かりがいるが、そこには小さな窓があるからやはり電気なんかは要らない。
春の陽気が射し込むそこで、浜田はてきぱきと料理をしていた。
目の前のリビングには、浜田の友人が二人して、紙や端末、酒瓶が乗ったローテーブルを囲んで話をしている。
酒瓶は話の合間に飲む為でないので、彼らの会話は至って真面目な内容だ。
浜田はそれに時々混じりながら、次々と料理を完成させていく。やがてそれらが揃うと、友人たちにテーブルの上を片付けさせ、きれいに盛り付けられた皿をそこへ運ぶ。
「おー、やっと来た」
「やっぱ実物を食ってみねえ事にはな」
「提案者としてはみんな新メニューに合格して欲しいとこだけどね。とりあえず先食ってて、オレ泉呼んでくる」
「おー」
「いただきまーす」
置かれた皿を見て、歓声をあげられるのは作り手としてやはり気分がいい。早速資料用に画像を撮ったり食べ始めた彼らと別に、浜田は踵を返すと、今度はキッチンでなく寝室へと向かった。
大きめのベッドくらいしかないその部屋は、ブラインドを締め切っているから、あの光溜まりのようなリビングと比べるとずっとずっと薄暗い。少し閉塞感すらあるような寝室の空気は、それ以上に嫌な雰囲気を孕んでいた。
ふう、と小さくため息をついて、浜田はベッドへ歩み寄る。と、その上で寝ていた人物が、抱き潰していた布団へ更に顔を埋める。
スプリングを軋ませ、浜田はその側へ腰を下ろすと、彼に声をかけた。
「泉」
「……」
返事をしないのは寝たふりでない。話など聞きたくないという、そういうわけだ。
こういう事が、最近は多々ある。
浜田は一人暮らしではない。生活を共にしているものがもうひとりいるのだが、彼が最近、ごくたまになのだがとても不機嫌になる事があった。
少し前に引っ越してきた浜田の部屋は友人の持つ建物の中にある。その一階は飲食店として使用されていて、そちらがメインの建物なのだが、上の階はスタッフへの貸部屋となっている。
浜田も例に漏れず、現在の勤め先はその店だ。今リビングにいる二人は浜田の友人であり、勤め先の庶務雑務と店長である。
今日は新しいメニューを決める為に、厨房を担当している浜田の部屋へ集まっているのだ。
そして同居の彼の不機嫌も、おそらくはそのせいだった。
泉という名の彼は、本当は浜田とよりも彼ら二人とのほうが長い知り合いらしい。
彼らが遊びに来た際はふだん仲良く遊んでいるのだが、こういう仕事の時、スタッフでない泉は話に混ざれない。彼が不機嫌になると寝室で一人きりになるのは知っているから、浜田は今回の彼の不機嫌をそのように解釈していた。
「泉、ごはん作ったから、みんなで食べようよ」
「……」
「な、泉」
ぎ、とスプリングを鳴らして浜田は手を伸ばす。
浜田に背を向けて丸くなる彼の、さらさらした黒い髪。頭を撫でられるのは好きなくせに、尚も顔を背けようとするから、こめかみ辺りから指を入れて髪を後ろへ撫で付けてしまう。
「泉の好きな料理作ったんだよ」
「……、」
出来るだけ優しい声でそう言うと、泉は少し身動ぎして、布団の影から浜田を見た。
彼はこういうふうに、優しくされたり甘やかされたりするのが好きだ。もう一押しと指で髪を梳きながら、顔の近くで囁いてやる。
「泉においしいって言って欲しくてがんばって作ったんだけど、食べてくんないかなァ」
そう言うと、泉はゆっくり体を起こした。
まだ少し不満げな顔をしているが、あとは時間の問題だ。頭を撫でてやった浜田は気付かなかったが、その手のひらの陰で、彼は何か言いたげな眼をしていた。
「お、王子さまが来たな。おそよう」
「浜田ァー、勝手にグラス出して飲んでたー」
「はいはい……泉も座ってな、持って来てやるから」
「……いい。手伝う」
寝室から連れてくるのに繋いでいた手を、待っていろと言った浜田は放そうとする。しかし泉は放そうとせず、キッチンまでぴたりとついてきて、自分のぶんを運んで行く。
そうして腰を下ろしたのは、浜田の隣だ。持って来たサラダをフォークで一口ぶん取り、口へ運ぶまでを、肩がつくほどの距離から浜田は見守っていた。
「うまい?」
「……ん、」
「泉の好きなサーモン入れたんだよ。しょっぱくない?」
「これでいい」
やはりおいしいものはみんなを笑顔にする。
あんなに不機嫌だった泉はぱくぱくとサラダを食べてくれて、浜田は思わず笑顔になった。なぜか泉はそれを見て手を止めると、頬を赤くしてずうっと浜田を見つめている。
浜田が不思議に思うより先、茶々を入れてきたのは友人二人だ。泉にばかり優しいぞとか、オレにもおかわりを寄越せなど好き勝手する様は、もう酔っ払いのそれだ。
話し合いはどうしたのか。おそらくどの酒が合うか飲み比べたのだろうが、つまりはちゃんぽんだ。それは回りも早いだろう。
おまえらしばらく酒没収、と大人三人がやんややんやとやる中で、浜田は気づきやしなかった。
飲んでもいない泉が少し潤んだ目をして、頬を赤くし俯くのを。
やはりこれも血色の良い唇が、また一口サラダを食べる。サーモンとレタスにかけられているのはすっきりした香りのするレモンで、ドレッシングのベースとなっているそれを口に入れると爽やかな酸味と香りと良い塩加減がいっぱいに広がる。
浜田が、泉に食べて欲しくて作ったんだというそれは、食べるとしあわせの味がする。
泉は瞳をきらきらさせる。暗い部屋にはなかった光は、真昼のそれよりきらきらしい。
―― Kira*Kira!
BeCo.に仕事を与える企画より
「猫マンションで恋の自覚」をテーマにお送りしました
海鮮はわたしが今食べたくて。
サーモンも今食べたくて… 猫も好きだろうし…
食べ物のでない話をわたしはたぶん書けない…
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