Category:ss
2014 8th Oct.
(梶と梅)百害あれどたった一利のその為に
【ヘビースモーカーと喫煙者】
梶、と名を呼ばれたので返事代わりに顔を上げたら、死ぬぞと言われた。
「タバコはなあ、吸いまくると内臓がすげー黒くなって、そんで死ぬんだぞ。」
「……おぉ、」
なんかの冗談みたいに神妙な顔で講釈すると思ったら、今時小学生でも知ってるような事を真向かいの男は言うのだった。
あんまり真面目くさって言うもんだから、オレは呆気に取られたのと、そんな事よく知っていたなあという失礼な感嘆とで声を上げる。やつはそれをとても良い意味に受け取ったらしく、好物のオムライスを口に運ぶのを止めてまで説教を続けてくれたのだった。
「だからタバコ減らせよ。おまえ吸いすぎだよソレ。」
「つーか……おまえも吸ってんだろ。何を今更」
「オレもうタバコ買ってねえし。たまにおまえのパクって吸うだけ」
「なおのことワリーっつーの」
「おまえが吸うの減らしてんだよ。感謝しろ。」
盗人猛々しいとはこの事だ。ケチャップ口にくっつけて何を宣いやがるとは言わず、オレはとりあえず、何故いきなり禁煙しろなどと言い始めたのかそれを問うた。
その時オレは、このオムライス野郎こと腐れ縁の梅原と、小腹が空いたので深夜のファミレスに来ていた。
別に取り決めもせず灰皿のある席に来たが、それはいつもの事だ。梅原だってタバコは吸うし、喫煙席が通常の選択肢なのだ。
オレはサイドメニューから適当に選び、量が少なかったから先に終えてタバコに火を点けた。梅原が面倒な事を言い始めたのはその辺で、サラダにスープバーとドリンクバーもつけてオムライスをかっ食らっていた奴は、二杯目のオニオンスープにやっとこオムライスを半分食った辺りだった。
本当に、何故いきなりこんな事を言い出したのだろうか。
確かにオレは日に三箱は吸うし、世間ではヘビースモーカーの部類に入るのだろう。
けれどこいつだってオレほどでないにしろ、立派な喫煙者だ。人にやめろと言えるような立場ではなかった筈だが、一体どうしたというのか。
「こないだ医者行ったらちっちぇー本があったんだよ。」
「よく手に取ったなそんなん。」
「携帯忘れたんだよ。」
「あぁそう。」
「なんかあのほら……テレビに出てるやつが表紙にいたからさぁ、ヒマだったし読んでみたんだよ。したらさぁ……タバコやべーわ。足腐るんだぜ」
訊いてみると大変こいつらしい理由だった。こいつの言うような展開が用意に想像ついたオレは、大仰に頷いて煙色の息を吐いた。
そりゃあこんなご時世だ。禁煙の風潮が根付いた現代のこの国じゃあ、喫煙がどれほど危険で恐ろしい行為か、幼稚園児でも知っている。
しかしそれでも尚タバコに手を出す輩はいるのだ。幼稚園児よりも物を知らないという事になるのだろう、オレも含めてそいつらの大半はカッコいいからとかいうカッコ悪い理由で手を出すのだ。
病気になる理由も、煙の温度も、ニコチンの中毒性もこの身を以てつらい程に身に沁みている。しかし、だからといって簡単にやめられるようなら初めから害悪などと呼ばれはしない。
毒性も白眼視もわかった上でやめられないのだ。
そんな事は、こいつもわかっている筈なのに。
ぼんやりとまたタバコの火を赤くするオレに、梅原は尚も宣った。
「オレは、おまえが死んだら、ちょっとだけど寂しいよ。」
「ちょっとかよ。」
「おう、そうだよ。だから」
梅原がスプーンを置く。その空になった右手が、オレの方へ伸びた。
「オレが大泣きして悲しむくらいの人間になってから死ねよ。」
そう言うと、空の右手はテーブルの上に置いてあったオレのタバコを盗んで行った。
その紙箱をおもしろくなさそうに自分の長椅子に投げた梅原を見ていたら、何故か返せとは言えなくて、吸っていたタバコも少しで消してしまった。
それが一昨日の夜中で、今は昼間の飯時だ。時間にして三六時間くらいか。
あの後すぐにコンビニに寄って二箱買ったが、一箱めにまだあと一本残っている。日付が変わった頃とはいえ気分的には二日前の箱を未だに持ち歩いている感じがして、何だかへんな感じがした。
「梶サン、タバコの数減ったスね! もしかしてカノジョできたスか」
あの時みたく食後の一服をしながら、長らく持ち歩いていたせいでひしゃげた紙箱を眺めていたら職場の後輩にそんな事を言われた。
恋人の為に変わるのはタバコの銘柄だったような気がするが、本数もそのうちなんだろうか。ニヤニヤしている後輩に「いや男友達が減らせって言うから」なんて言うと可哀想な気がしたので、オレは適当に返事した。
「まあ、そんなもん。」
多分、禁煙に必要なものは強い意思なんかじゃないと思う。
タバコを遠ざけたい理由があるかどうか。あいつは肺が黒ずんだり足が腐るのがイヤで、オレはあいつが死ぬなと遠回しに言ったからだ。
理由なんか簡単で単純でいいんだ。
でも世の中簡単で単純なものばかりじゃないから、本数が変わってもオレは相変わらずタバコを燻らす。
―― i can not die easily.
例の彫師梶山とその友達梅原シリーズ(?)でした。
お話を考えるにあたってその前に各キャラのイメージみたいのを膨らましておりまして、梅さんがビール好きそうという属性をつけて、じゃあ梶さんのことを考えた時にタバコ吸ってそうだなと思ったのが始まりです。
ヘビースモーカーの梶さんに梅さんが「今おまえが死んだらちょっと悲しいだけだから、せめてオレが泣きわめくくらいの人間になってからにしろ」ってのどうですか、とはじめにリアルに書こうと思ってました。
でもお話考えてたら激短SSとしてできそう!と思い立ってお風呂入りながら書きました。でも結局二時間かかっちゃいました。
まだ考えてた段階で「口寂しくなったら唇で塞いでもらおう」みたいなフレーズも考えたんですが、梶さんと梅さんには使いたくないなと取り止めてこんな感じです。
梶梅(コンビ)ではあっても梶梅ではない感じ、というスタンスを今のところ立てております。
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