「名頃さんの心臓はふたつおありなのですか」
 
 彼女は俺の胸のなかほどに耳をぴたりとつけて、まるい目を閉じながらいつまでも人の心音を聞いていた。彼女のいうことに拠ると人の心臓は左側にあるものだから、今こうして俺の中心から聞こえる音はたぶん右の方からするものだろうと云った。
 なるほど確かにこの娘にしてみれば、ないはずのもののところからどくんどくんと脈をうつのを不思議に思うのは仕方なかろうと思った。
 俺は、彼女のほそい手を取ると自分の骨の張る左手くびの付け根へその柔らかい指をあててやった。同じように一定の速度で血が通うけはいがする。すると未熟な顔はますます難しそうな面持ちになった。彼女はゆっくりとした手つきで俺の手くびに耳を欹てた。

「名頃さんの心臓はみっつお有りですね。ひとつはここに、ふたつはここ……」
 
 そう唱える声は妖しく妙な色を孕んでいた。そして彼女は心臓が右にも、左にもなくじつはからだのほぼ真ん中に位置していることを識っているように思えた。識っていて俺にそう云ったのだろう。
 
「音が、すこし……」
「速うなったかな」
 
 そうわざと驚いたような声で返すと、「ええ、速くなりましたよ。でも、私の音より少し遅いくらい……」と彼女は嬉しそうに云った。自分の音が分かるのかと尋ねるとやはり同じ調子で、一度だけ頷いて先程のように改めて俺の胸の中へ頭を埋めた。今度は自分が見下ろしたところから顔が伺えないような角度だったので、ぱらぱらと流れるほそい髪を手でかきあげてやると、ぞっとするほど白い首が露わになる。ほくろ一つ見つけられないほどの純粋な白さだった。
 鎖骨にかけてくっきりと筋が通って濃い影を作っているところを人差し指で撫ぜると、しっとりと吸いつくような柔らかさで、きっと俺の肌とよく馴染むだろうと考えたとき、胸の中で動かなかった娘が急に振り向いた。

「いま、同じ速さに……」
 
20171229