明日からホグワーツに行く、と、入学証明でもある封筒を差し出せば、すこし汚れた手をおずおずと伸ばして、受け取る。おそらくこの文の半分も彼女には読めていないだろうが、単語の端々を拾ったのか小さくため息をついたのちに振り絞るような声が漏れた。


「明日いくんだ」
「ああ」


固くなったパンをかじりながら、味の薄いスープを飲む。特にぶよぶよしたマカロニが何とも言えない。僕は彼女の家の食事があまり好きではなかったけれど、僕が家を尋ねるとあの仏頂面がほんの少しはにかむので、足繁く通った。
笑い方こそまるで小馬鹿にした、おとなのように喉からくつくつと鳴らすようなものだったけれど、その笑顔だけは、なぜかリリーと似ている気がしたのだ。


「いいなあ、スネイプくん」


わたしにも魔法使えたらな、なんて、暢気な事を言う。普通なら眉を潜めるような現象にさえ、小さく感嘆を漏らした彼女だからこそ、僕だってどんなにかおまえが魔法が使えたらと思ったことか。
食べるのに煩わしかったのか、ぼさぼさの赤茶けた髪をひとつに束ねているのを眺めながら、今日の朝から置かれて、まだ誰も開いていない新聞を意味もなく広げる。彼女の親は共働きで、朝早くから夜は遅く、この家におとながいることは稀だった。
一度だけ見たことがあった、彼女の母は短めの赤茶を風になびかせた、人の良さそうな雰囲気だったのを覚えている。うちの子と仲良くしてあげて、と、月並みの言葉を僕に言っていった。

けれど僕はここから離れる。彼女を置いて、行くのだ。


「僕が行ったら寂しいか」
「晩御飯が増えるから嬉しい」
「‥」
「嘘、寂しい」
「‥そう、か」
「スネイプくん」
「?」
「‥何でもない」


無理にも問う必要はないと、口を閉じる。妙な雰囲気が食卓を包んだ。


「リリーちゃんも行くんだよね」
「ああ」
「迷惑かけないようにね」
「僕がか?」
「うん、他に誰が?」
「‥ふん」


餞別だとパンの横に添えられたフルーツクリームをスプーンで移された。彼女の好物だ。


「たべなよ」


その言葉に頷きながら、残ったパンにクリームを添えて口にした。甘さのおさえられた風味のいいそれは、飲み込むたび、じわりとなにかが胸から溢れそうになる感覚を増長させる。


「クリスマスには帰ってくるから」
「楽しみに、してる」
「そのときには、おまえの好きそうな菓子、沢山買ってくるから」



「‥で‥、」



「え?」
「何でもない」


抱きしめた肩は震えていて、珍しくその泣き顔をみたときには不思議と彼女だってただの女子なんだと、妙に納得した。

以来、彼女とは一度も会っていない。その年のクリスマスの夜、リリーと共に家を訪ねれば家具も何も残さず消えていた。近所の人間に聞いてみれば、短い期間のうちに両親が死に、その子供はどこか親戚に引き取られていったのだという。陳腐な小説のような話だ。探し出そうと躍起になった日もあったが、忙しさと思想のうちにそれもなくなった。
けれどふと思い出す、スピナーズエンドの物悲しい雪と、渡そうとした緑のプレゼント袋、それから。






『わすれないでね』


あの日の言葉は、思い出すたびに胸が詰まるほどに愛しく感じた。


20110911

くうこさま
リクエストありがとうございました。