針のような
細い細い月。頼りなく、しかし糸ではなく針のようで、まるで今の姫さんみたいだなとベオウルフは思った。
兄を喪い哀しみを乗り越える道半ば、もっと庇護欲をそそられるのかと思ったが、そんな情けは受けないとばかりにピンと張り詰めた空気を纏って、魔道書にかじりついていた。
ーちなみにここはラケシスの部屋ではない。
「何でわざわざこんな狭い部屋に来るんだ」
「ここが落ち着くからよ。誰も来ないし」
「たまにホリンとかが酒持ってくるんだがな」
「その時はお構いなくどうぞ」
いや、だからここは俺の部屋。
何度となく言いかけた言葉を今度も飲み込む。
おい、エルト。お前、妹に夜、男の部屋に行っても良いなんて言ってたのか。
既にいない悪友に内心文句を言いながら、半分諦めの境地で寝台の端に腰掛けて、いつも通り剣の手入れを始めた。
「あなたがそうしているのを見るのが好きなの」
不意打ちかよ。
面食らったベオウルフが顔を上げる前に、既にラケシスはベオウルフの傍らに立っていた。
「あなたのそばだから落ち着くの」
あの針のような月が雲に覆われるのを視界の端におさめ、彼女の変化を、いや、決意を感じながらも、ベオウルフは未だ決めきれずにいたのだった。