移り変わる平原の季節。

一滴の水も残さないように大地が渇き、ささやかな雨季が訪れる。緑が生い茂り、馬が駆け、そしてまたあるがままの姿に自然が広がる。

僕らも同じように。





*****





「あちらとこちらの方々が大体…そうですね、この辺りとこの辺りかな。居を構えていると思います。だからいつもの通りここを――こう、こう…回って移動を考えるのが妥当でしょう…。もう一月の内に今植えている物の収穫と家畜の体調を――」

「ああ…」


夏が終わりを迎え、そろそろ京の地とは比べ物にならないほどの冬が来る。何度かその厳しい四季を身を持って体験していた僕達は割と早めの段階から冬営地への移動について話し合っていた。

パチパチと燃える炉の灯りのみで地図を読む僕に九郎が短く相鎚を返した。

珍しくこのゲルの中には僕と九郎だけだ。他の皆は別のゲルで酒盛りをしている。

…次の行路について詳しく聞きたいと宴から連れ出して来たのは彼の方なのにまるで上の空だ。


「…九郎、聞いていますか?頭に入っていないようでしたら今日はここまでにしましょう?これじゃあただの僕の独り言だ」

「…、弁慶っ」

「何ですか?まさか何か相談事ですか?…ああ、あれ。だから家畜に名前を付けるのは反対だと僕は言ったんです。いつかは衰え走れなくなったら馬でも何でも手に掛けなければいけなくなる。情が湧いたからと行って無駄にただの食いぶちを増やす訳には――」

「違う!…その事はいいんだ、俺が皆にも言う。それよりも弁慶、真剣に聞いてくれないか」


嫌に渋っているからこの間揉めた馬の処遇についてだと思ったのだがどうやら外れたらしい。

真剣に聞けと言う九郎の眼差しの方が真剣…と言うか鬼気迫るものさえあって僕は口を閉じた。


「…弁慶。俺はお前を唯一無二の友だと思っている」

「はい」

「お前は俺をいつも助けてくれて…時に諌めてくれた。今の俺がいるのはお前のおかげだ。だからいつかお前が俺の喉元に剣を突き立てたとしてもそれを甘んじて受けるくらいの覚悟は出来ている。…今の俺には兵はいない。上に立つ者の死は下の者達の死で今まではそれを易々と受ける訳にはいかんが…今は違うからな。これくらい言っても構わないだろう」


九郎の指が薄茶けた皮の図面をなぞる。それはあの時と同じく自軍を回る陣営の中でした時と同じように。


「だからな、弁慶。正直に答えて欲しい。違っていたら笑ってくれ」


九郎の抜けるような蒼の瞳がこちらを見据える。いつの日も変わらない空の色だ。暗い影が辺りを包むここでそれだけが光って見えた。


「望美と寝た…、か?」

「!?っ」


息が喉を落ちて胃に溜まる錯覚を得た。

――まさか…。


「……何を、言ってるんですか。九郎、…はは。世迷い事も大概に――」

「アイツな、泣くんだ…」


僕がぐるぐるとどうしてそう考えるに至ったのか、お門違いだと認識させるにはどうしたらいいか考えを巡らせてると九郎は僕に問いかけながらも答えなど聞いていないように肩を落としてぼんやり虚空を見詰めた。


「いつからだったかな…様子がおかしいとは思っていた。抱かれるのは、勿論嫌がる事もあるだろう。男と違って欲があり余る事もそうそうないだろうし…。だが接吻さえも嫌がって、抱けたとしてもその晩は決まって夜泣きする。そんなのは誰がどう見てもおかしいだろう?どうしたんだと聞いても首を振るばかりで――白状すると初めは心底困ったぞ。アイツに泣かれるとどうしていいか分からないし、泣く姿も見たくない。泣きやむまで背中を撫でて…聞いたんだ寝言でお前の名を」


淡々と責める要素など微塵も見せずに九郎は笑って見せた。少しの悲しみと苦笑い。まいった、そう今にも言い出しそうだった。


「それからだ。アイツとお前の関係に気付いたのは。鈍感だとよく言われる俺に気取られるなんて随分お前も余裕がなかったんだな?注意して見てみれば…簡単に分かったぞ。隔たりが変わった事にな」

「九郎。僕は、」

「ああ、やはり一つでいい。聞かせてくれ」


日常が壊れていく音がはっきりと聞こえた僕は何とか零れ落ちる刹那を拾い上げようと身を乗り出したが九郎の手に制止されてしまう。

それに押された僕は再び佇まいを正した。手を太股に乗せ、胡坐をかく九郎からの恐らく断罪の言葉を待つ。


「…望美が好きか?」





*****





「望美、起きろ」

「ん、ん〜。もう飲めませぇん…」

「望美さん、お話があるんです。起きて」


屍がごろごろと転がるように酒の香りで満たされている室内は泥酔した皆々で溢れかえっていた。

男だらけの中に女が数人。

共に雑魚寝をしているのは余りに危険だと言うのが一般的な意見だと思うが仲間と言う線引きの中でそれらの危険は度外視されている。あり得ない事だと。

もっともそれは間違いだったのだが…。


「う…。く、郎さん、弁けさ…?あ痛たた…」

「ああ、変な態勢で寝るから。頭痛はありませんか?」

「ん…今は特に。どこ行ってたんですか?二人がいないからその分のお酒が回って来て…」

「ああちょっと今後の事についてな。望美、お前にも関係がある事だ」

「私に?」

「ええ、正確には僕らに関係のある話です」

「ぅ…。九郎さんと弁慶さんと、私に関係のある話…?…っ!?」


顔を押さえ、朦朧としつつあった意識をゆっくりと覚醒させていた望美だったが急に目を見開いた。

――皆を離れて二人でどこかに行っていた九郎さんと弁慶さん。その二人が帰って来るやいなや三人に関係のある話があるって…。

目下望美の悩みはと言えば言わずもがな、九郎以外の人と関係を持って持ってしまった事。そしてそれは一度や二度でなく、惰性に続いている事…。

全く違う話題を仮に九郎が持ちかけていたとしても望美はそれに結び付けてしまっただろう。

緊張に表情が強張る。


「…大事な話だ。ここは不向きだろう?あっちに行こう」

「っ…はい。んっ、――んん、っ…」

「ああ、まだかなり酔いが残ってますね。じっとして」


ふらつく足で起き上がろうとする望美を制止した弁慶は膝裏に手を差し入れ背中を抱き、持ちあげた。


「べ!弁慶さんっ」


焦る望美。

九郎さんの前でっ…、と言外に訴えると弁慶は琥珀の両目を優しく細めてみせるだけだった。

基本弁慶は九郎がいる時は必要以上に望美から距離を取っていた。秘密にすればいいと持ち掛けてきたのは弁慶だったので当然だったのだがそれを差し引いてもこの接近は慎重派の弁慶にしてみればあり得ない事だった。

よっと掛け声をあげ、横抱きにした望美を運ぶ。


「気を付けろよ」

「ええ、勿論」


入口に手を掛け、通りやすいようにしていた九郎に弁慶が短く答えを返す。妻が他の男に触れられていると言うのにその様子に変化は見られなかった。







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