微かな光源が灯籠の中で頼りなげに揺れている。
熱を発するとまで言えない灯火はは寄り添う二人を暖めるほどの力はない。けれどお互いの熱を絡め合う今、例え桜の代わりに雪降る季節であったとしても灯火の温もりは必要としないだろう。
「……こうするのは久し振りですね」
最早今夜幾度目か分からない口付けを交わして舌を自身の口内に引き戻すとらしくないと思いつつも隠しようのないほど高まる鼓動から頬が染まるのを感じ、妻のしなやか肢体を堪能する。
彼女は元々細身だが初めて会った時と比べるとかなり女性的な体付きに変わったと思う。
勿論平和な世界から戦を越えたのだから華奢だった手足は皮膚の下に確かな鍛練の結果を見せているし、兄弟子とほぼ同じ筋肉の苛め方をした腹筋は今だ逞しい。果てはリズ先生のような――誰が言ったか悪夢としか思えない未来も極論とは言え、それに近しい結果にならないとは限らない。けれど譲君の考え尽くされた食事のおかげか運動量に比例して絞り過ぎると言うこともなくほど好い柔らかさを残している。その上、僕と夫婦になってから数え切れないほど宵を越えた。…それなりに育てる楽しみを得られたと言えよう。
深い口付けで濡れた唇から顎、首筋と吸い込まれるように視線が移り、その着物に隠された先が見たくなった。
「…この着物は見慣れませんね。あちらで頂いた物なのですか?」
しかし重ね目に手を差し込もうとした寸前、その着物に見覚えがないことに気付く。確か望美さんはあちらに飛ぶ前、橙の着物を羽織っていた記憶がある。
「あっ、はい。借り物だったんですけど鬼若さんが貸してくれた人にお金を払って譲って貰うからって結局に頂いちゃいました。鬼若さんは餞別代わりに受け取って下さいって言ってくれたんで大切に着たいです。――あ…あの時は色々ありがとうございました、弁慶さん」
「……。…いえ」
望美さんの言う鬼若さん、そして今の僕にはっきりとしたずれを感じて眉を寄せた。
いつか“上書き”されて彼女との思い出が僕の色褪せた過去に灯るのだろうか?そして初めて会ったはずの出会いは違うものになり、僕が辿ったはずの道筋は違うものに成り果ててしまうのだろうか?それならば今この一時は――。
「弁慶さん…?」
お礼の言葉を述べたはずなのに苦い顔をした僕を望美さんは不思議そうに見つめた。
「っ、…何でもありませんよ」
彼女に隠し、自分でも打ち払うように沈み行く思考を取り戻す。
――彼女の言う鬼若さんが僕でないならこの着物を贈った男は僕ではない。
不意に沸き上がってきた考えに抱き寄せた彼女に再度口付けを求めながら彼女の纏う別の男の残滓を情緒も薄く、拭うように一気に肩から落とした。