「望美さん望美さん」
ポンポンと自分にかかる布団が叩かれる。強くはないが決して気付かない程ではない呼び掛けに望美は眼を薄ら開いた。
頭が酷くぼんやりしている。恐らく眠りにつきかけていたのだろう。
横向きの態勢で寝ていた望美は身体を捻り、波打った反対側の空間に視線を向けた。
「…弁慶さん」
そこにいたのは飼い犬の弁慶。癖のある茶金の髪が電気の消えた部屋に微かに浮かび上がり、そこにいる事を示していた。
ぴんと毛並みと同じ色の耳は立ち、ふさふさの尻尾がぱたぱた揺れている。
「寒いんで一緒に寝かせて下さい」
「……弁慶さんの所、昨日電気毛布ひいたじゃないですか…」
毎晩自分の所に来るからいらないと渋る弁慶を無視して用意した暖かな電化製品。
ふわふわした布団に熱を発する毛布――飼われる身としてはこの上ない贅沢なのに弁慶はいつも望美の部屋のベッドで寝たがる。
「望美さんのベッドがいいんです。入れて下さい」
「……やです。弁慶さん…大きいし、邪魔……」
「――邪魔…です、か…」
本心なのだが眠たさに負け、呟き布団を被り直す。
哀しげにキューンと言う声が聞こえた。
いつもの事だ。
こちらが折れるかあちらが諦めるか…大方こちらが負けてしまうのだが今日は眠い。無視して寝てしまう事に決め込んだ。
しーんと夜の音だけが部屋を満たす。
しかし眠りへ誘う為のそれがより一層望美に圧力をかける。
少し布団から覗く肌に当たる空気は冷たく、寒々しい。そんな中、弁慶が一人しょんぼりして座り込んでいるかと思うと居たたまれない。良心が痛む。
しかし――。
「―――でも…やっぱり望美さんと寝たいんです…」
きっぱり拒否したにも関わらず、言うと弁慶はもぞもぞと布団に入ってきた。
ここが自分の居場所だと言わんばかりに望美に身体を擦り付ける。
微睡んでいた意識が引っ張り出され、ひやりとした足が肌に触れて望美は思わず縮こまった。
「うあーもう足冷たい〜。弁慶さんっ触らないで――っひゃあ!」
嫌がる望美のその言葉に反するように弁慶は余計に肌を重ねた。
捲り上がるパジャマに指さえも滑り込ませ、細く華奢な望美の身体からどんどん熱を奪っていく。
「望美さん…、温かい…」
「冷た…っ!弁慶さんお腹に手入れないで…!」
暖を取るかのように望美の柔い肌に手を滑らす弁慶。熱の籠もった場所であるほどその指先は冷えて感じた。
「う〜寒いし、やっぱり狭い〜」
シングルベッドは寄り添って寝るには余りに狭い。押されるように逃げていた望美は壁に追いやられている。
「もう弁慶さん…!本当に自分の寝床に戻って下さい…っ」
「嫌です。一緒がいいんです。それにほら…こうすれば望美さんも温かいじゃないですか」
弁慶はぎゅっと望美を抱き締めた。腕の中に収まる望美。確かに末端は冷たいが自分より少し高い体温の犬である弁慶の身体は温かかった。じわじわと熱が広がっていく。
密着する事で微かに弁慶の匂いに獣の臭いを感じる。
良い香りとは表現しないかもしれない独特な臭いだがふわふわの髪に鼻先を押しつけて呼吸を繰り返すと、安堵感に包まれた。
「――でも…。狭い」
「それは我慢して下さい」
自分より身体の大きな犬に抱き込まれ、望美はため息を吐いた。
…何だか犬関係なくね?普通に恋人同士になってる。
気持ち的には犬弁慶(小)→犬弁慶(大)→弁慶(人)