今日は宴会。


厳島の舞台で清盛を破り、黒龍を鎮めた私達は京へ凱旋していた。

弁慶さんの独走と言う形だったが結果、源氏と平家の戦いは終わった。戦いの終幕に今夜は景時さんの邸で祝杯をあげている。

辺りに響く皆の笑い声、穏やかな言葉につい頬が緩む。
頑張って良かったと心から思えた。


そして明日――譲君が元の世界へと帰る。

力を取り戻した白龍が応龍となり、再び世界を見守るべく天に戻った今ならば時空の扉を開く事が可能なのだと言う。元来馴れ合う事なき、神聖な存在なのだ。譲君を帰したら、人の前にはもう姿を見せないだろう。

でも…結局見付からなかった将臣君は――彼が望むならなんとしてでも戻してあげたい。

譲君は仕方ないと言ったけど私に巻き込まれた幼なじみを捨て置くなんてしたくない。元…だけど一応、龍神の神子なんだし。


――私は…この世界に残るんだから。






映すは影か光か





皆で過ごす最後の夜――だけどそこに弁慶さんの姿がなかった。

見知った大切な仲間達の輪の中に黒い外套の軍師はおらず、定位置であった九郎さんの隣に今は誰もいない。

皆を一度は裏切った弁慶さんだったけどそれは平家を内から崩す為で言わば間者的な動きだった。しかし暴走と言っても良い行動を九郎さんはかなり怒ってはいたけれど総門で全滅していたはずの弁慶さんの部隊が無事だった事と結果的には源氏の勝利に繋がった事から離反の件は不問にしてくれた。

だから宴会の主役と言ってもいいのに弁慶さんは早々に席を立ち、もう三十分は経っている。

弁慶さんと一緒にいたい――だから私は元の世界を捨てようとしている。愛しい幼なじみとの最後の時、譲君と一秒でも長く…そう思うのに、弁慶さんのいない空席を見つめてしまう。


「――行ってやりなさい」

「先生、でも…」


最後の夜なのに…。


「神子が元の世界より大事に想ってる相手だろう。大切にしなさい――譲もきっとそう思っている」

「そうよ、望美。譲殿は望美が幸せでいる事が一番なのだから」


諭してくれるリズ先生と朔はどこまでも優しい。

かなり出来上がっている九郎さん達に絡まれながらも笑う譲君の顔を見る。別れるのは悲しいけど…忘れないから。


「――うん…行ってきます」




*****




欠けていく月を見つめ、感慨に耽る。

昨日までは満ちていく月だった。それが今は闇に飲まれ、減っていく。輝きを削り取られ、小さくなっていく。


「――まるで僕らみたいですね」


役目を終えた八葉は減り、去っていく。満ちた時の輝きはもう戻らない。巡っても必要とはされない光はなりを潜める。それが悲しくとても嬉しい。


――望美さん。


贖罪が終わり、もう罪を重ねる必要はないと思ったけれど…。舌の根も乾かぬ内に僕は、また君から大切なものを奪ってしまってしまっていたようだ。

皆と笑う君の顔に時折影がかかるのを見て、分かっていたはずなのに初めて実感するなんて…。

君は乞いを受け入れてくれたけどそれは僕の利己だった。今まで生きてきた全てを捨ててくれなんて…酷だ。

本当は一番正しいのは何か知っている。真に君を想うなら元の世界に帰すべきだなんて事は――。

けれど…帰したくなんてない。

他の男に君が抱かれるなんて反吐が出る。


「――僕は所詮君からは奪う事しか出来ない男なんですね…」


輝く月は僕と言う闇に覆い隠され、君を見上げる皆から奪うように…。


「弁慶さん…暗いです」

「――望美さん?」


ふと振り返るといつの間にか彼女は僕の後ろにいた。怪訝で苦い、余り見た事のない顔をしている。

彼女は当然のように寄って来て肌が触れ合うほど近く、隣に腰掛けた。

短い着物の裾から覗く、白い透き通る美しい肌の腿に邪な考えが浮かぶが目を背ける。


「嫌だな。僕、独り言を言ってましたか?恥ずかしいですね」

「――弁慶さん…私、弁慶さんが好きです」


突然の告白。ドキリと心臓がはね、滅多に聞けない彼女の気持ちに少し驚いた。

望美さんの顔は真剣で戯れに睦言を言っている訳ではないようだ。


「――君にそう言ってもらえて僕は嬉しいですが…急に、どうしました?」

「弁慶さんは私の事、好きですか」

「勿論です」

「だったら私は幸せです。ただ一人の好きな人から想われて…。こうして側にいられて、他に何も望みません。だから――そんな風に考えないで」

「望美さん…」


僕の肩に頬を寄せ、そっと体を預けてくる。


愛しい――。


信頼してくれている事が布越しに伝わってくる。

僕が源氏を裏切った時も変わらず向けてくれた尊い心を傾けてくれている。

純粋に僕を想ってくれる彼女はいまでも変わりなく、神聖だ。八葉と神子と言う関係だけじゃなく、彼女は常に清い。

だからいつも汚す事を躊躇っていた。

触れる事で僕の闇が彼女を犯してしまうのではないかと、僕の彼女に対する穢れた情欲が伝わってしまうのではないかと。けれど…。


「――君はもう僕だけの物、ですよね…」

「――ッ…は、い。私、弁慶さんだけの物になりたいです…。誰よりも弁慶さんの側にいたいから…」


細い彼女の腰を抱き、互いの顔を見つめる。

恥ずかしくて目が合わせられないのか赤くなり、伏し目がちになる。可愛い人だ。僕の理性を揺るがすほどに…。


――困りましたね。

京に屋敷を構えてから、と思っていたのに。そんな潤んだ瞳をされては我慢出来そうにない…。

チラリと座敷の方に目を向けると灯籠の火が襖越しに見え、皆の笑い声が聞こえた。

こちらには僕と彼女だけ――。


「――君は、僕を選んでくれたんですよね。生まれ育った世界と全てよりも…この僕だけを。――あちらが君の本来いるべき場所です。今なら僕を突き飛ばして、帰る事もできますよ…」

君が本当にそうしたら僕はどうするつもりでしょうね。

逃がすまいと君を傷つけ、縛り付けて無理矢理――しないとは限らない。望みたくないけれど…。

ギュッと彼女を捕まえる手に力が籠もった。


「まだそんな事を言ってるんですか」


僕の不安を一蹴するように彼女は呆れてため息を吐き、苦笑いを浮かべた。


「私は弁慶さんといたいんです。戻るつもりはありません」

「望美さん…」

「それに弁慶さんもこの腕の強さ位には帰したくないと思ってくれているんでしょう?」

「…そうですね。その通りです。――君には適わないな。…後戻りは出来ませんよ。させるつもりも、もうありません…」




*****




縁側に腰掛け、皆の声を背中で聞きながらの口付けはひどく背徳を感じた。


「――ふっ……ぁ…」


深く口腔を探り、漏れ出る望美さんの声は蠱惑的で頭の芯を痺れさせる。柔らかい唇と舐めとる度に心を締め付ける湿った舌が僕を夢中にさせた。

僕も男で…女性と関係を持つ事も少なくはなく、それなりに経験は重ねている。

――けれど口付け一つでこんな感覚は味わった事はない。

止まらなくなりそうですね…。


「望美さん……」

「っ……んぅ――」


濡れた音は渡殿に響き、誰かが様子を見に襖を開ければ気付かれるだろう。

彼女自身あまりに深い口付けに息継ぎができず、苦しそうな吐息を漏らしている。

僕の外套を掴み、喘ぐ姿は魅惑的で男なら誰でも狂ってしまいそうだ。

――他の連中にまで見せるのは勿体ないですよね。惜しいけど…。

僕は弄っていた舌と唇をゆっくりと離した。お互いの舌から唾液がつたう。


「――は……ぁ…」


口付けを終えた望美さんの顔は赤く上気しており、焦点が合わない。

瞳は潤み、口唇も軽く開かれたままでこの先の行為を欲しているのかと錯覚を起こしてしまいそうになる。

背筋がゾクリとしてこのまま押し倒したくなった。


「……君はいけない人ですね。そんな顔して僕を誘うなんて…」

「……誘う――ええっ!」


しばらく酔ったようにぼんやりしていた望美さんはハッとして両手で頬を覆った。


「僕以外にそんな表情を見せないで下さいね」

「そそそんなつもり元々ないですからっ!」

「ふふ、どうかな。君にその気がなくても他の男は放っておかないだろうから…」

「――もう、からかわないでくださいっ。私、そんなにモテないですから」


望美さんはいつもそう言って否定するけれどそんなはずはないんです。――八葉の男でさえ皆、虜にしているというのに。

…気付いてないならそれでもいいんですけどね。彼女の鈍感さで事なきを得ている事もありますし。…ヒノエほど直接的に常に口説いていれば別ですが。


「恋に狂った男の戯れ言と取って下さっても構いませんよ。君に惑わされるのは僕だけでいい…。――本来ならこのまま続きをしたい所なんですが…流石に景時の屋敷で君を抱く訳にはいきませんからね」

「――べ、弁慶さんっ!?」


秘め事のように耳元で囁くとただでさえ赤らんでいた彼女の顔は更に高揚し、真っ赤になった。

本当に愛らしい人だ。

初々しくて真っ直ぐで――盗られないか僕は本気で心配ですよ。

君を疑っている訳ではありませんが…。


「――冗談ですよ。さぁ、皆の所に戻りましょうか。呼びに来て下さったんでしょう?」

「は、はい。そうです」


僕は望美さんの手を取り、立ち上がって座敷の方に歩き始めようとしたがふと思い付き、足を止めて振り向いた。


「弁慶さん?」


不思議に思い、名前を呼ぶ彼女の唇に少し屈んで…軽く口付ける。暫く合わせ、下唇を軽く食むとチュッと吸い付く音が渡殿に響いた。


「――ッ!?」

「…僕とした事が言い忘れてました。――ありがとう、望美さん。僕の事気に掛けてくれて――僕も…愛してますよ」


そうして微笑んで彼女の手を引き歩みを進めたが重なる皮膚から伝わる熱は熱く、足取りは心なしかふらついていた。

――恋敵が減ると言っても牽制しておくにこした事ありませんからね。




*****




「望美、大丈夫?熱でもあるんじゃないの。顔…真っ赤よ」

「う、ううん!大丈夫だよ。何でもないんだっ。ありがとう」


座敷戻ってしばらくしても顔を染めている私に朔は心配げに私の顔を覗き込み、首を傾げた。

朔に心配されてしまった…。

だって、だって弁慶さんズルいよ!キ、キスして切なげに笑いながらあんな事言うなんて…!!

思い出してボボボッと益々赤らむ頬を両手で包み、引かない熱に困り果てた。




*****




「あ、の腹黒野郎…ッ。やりやがったな、俺の姫君に…!」

「神子…」


向かいの席でギリギリと歯軋りをするヒノエと意気消沈した敦盛。

――近頃弁慶は望美の事をどちらかと言えば邪険にしがちだった。

それなのに…厳島で唐突に告白した弁慶は望美の想いを手に入れ、瞬く間に二人は相思相愛になってしまった。

見せ付けるように皆の前で気持ちを吐露したにも関わらず、諦められない者達が各々の反応を見せていた。

少し離れた場所では先程まで笑っていた譲がすすり泣いていたがお前は酒が弱いな!と望美の変化に気付かない酔った九郎に肩をバシバシ叩かれている。

その横で静かに酒を口にする弁慶の表情は変わらない。


邸に響く喧騒は賑やかで…絆された仲間で過ごす夜はとても得難く、平和だった。






弁慶の総門での自軍の切り捨て…兵は無事だと書きましたけど正直微妙ですよね。無駄な犠牲は出さなそうだけど必要なら見切ってしまいそうだ…。


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