緑の風が吹く。

あの人に出会ったのもこんな風に木々が生い茂った緑陰の季節だった。梅雨の前、ただただ青く空が抜ける春と夏の間。

唯一、僕の中で色彩を失わない刹那の時…。






真綿の






人生ってなんて不条理。


運命の水面は荒れに荒れ、一隻の彷徨える船をどうやら難破に追い込もうとしているらしい。波瀾万丈、全く持って味わいたくもなかった無常が今ここにある。

私は翻弄され、行きついた先に唖然とした。


――獅子脅しが涼やかに響き渡り、目の前に広がる都心一等地にしては広すぎる庭。植わる松の枝振りは大胆ながらも繊細の一言で造られた池は自然の調和を崩さず美しく保ち、赤白黒の模様の鯉の尾鰭を悠々とくゆらせていた。

格調高い純和風の料亭。

いかにも一見さんお断りな門扉を潜って通されたのはこれまた他の部屋とは一線を引かれた離れで…開け放たれた襖から覗く光景の非現実さに私は次第にこれは夢じゃないかと思い始めていた。

欧米文化に溢れた世界とは思えない。これは異空間だ。

――しかし…目線を自分の隣に向けると可哀想なくらいガチガチに緊張した両親の姿が視界に入り、トリップすら許されずにこれが現実だと思い知った。

……救われたと言えばそうなのかも知れないがこの結末は余りに酷いのではないか。


『頼む、望美!人助けだと思って――結婚してくれっ!』


思い出にするには鮮やか過ぎる父親の土下座。

耳を疑いたくなるような乞いに目を覆いたくなるような情景は今でも脳裏に焼き付いている。

――このご時世どこも決して楽に生計を立てれている訳ではない事は分かっていた。

物価の高騰、需要の減少、労働力の削減…TVを付ければそんな暗いニュースばかりで否が応でも経済の悪化は耳に入って来る。

けれど一夜にしてごくごく普通の中流家庭が急転直下、火の車その物になるとは…誰が教えてくれただろうか。

父は真面目な人だし、ギャンブルもやらない。母も倹約家でブランドには興味のないただの主婦だった。…想像する意味合いなど私にはとても持てない。

それが小さいながらも割と上々に経営していた父の会社が瞬く間に破綻、見通しが立たなくなった事によって訪れた。…どうしていきなり事業が行き詰ったのかは未だに見当すら付かないらしい。

しかし経営回復の案を、と一考する間に坂を転がり落ちて行った自社はあっという間に借金まみれになり、我が家はまさに首が回らない状態に追い込まれてしまった。

ガラの悪い利子の取り立ては朝から晩まで続き、金策に飛び回る最中段々とやつれて行く両親を見るのは忍びない。私もバイトに明け暮れ…学校を辞めるべきだと思っていた。果ては自己破産か、それとも…と最悪の結果すら母が口に出し始めていて流石にまずいと危惧していたからなのだが――そこに何の前触れもなく降って湧いたのが今回の、お見合いだ。

何でも…借金を全て肩代わりし、尚且つ父の会社を吸収して従業員も全て雇い入れると言ってくれた人がいるらしいのだ。

あからさまに怪しい。今改めて考えても穴があるとしか思えない話だ。

その時も騙りの類かと思ったのだがその救いの手が求めた代償は…有り得ない事に――私…、だった。

頭を悩ませている案件を解消する代わりにお嬢さんと婚約させて欲しい、と。

…訳が分からない。

それでとりあえずお見合いの為に今こうしてここにいる。

夢であって欲しいと逃避せずにはいられない。


「藤原…弁慶」


急な話で写真が用意できなかったと言う名前しか分からないその人を思う。

――ここに来る時に迎えに来た豪奢な車。この渡された眩暈を起こしそうなくらい繊細で煌びやかな細工が施されている着物を顧みるとたかだか写真の一枚や二枚撮れないと言う事に疑問を感じる。

顔が見せれない理由…。よっぽど自分に自信がないか――それとも…弁慶、と言う雄々しい名前からしてかなりの年配の人だったりしたら…。

手ごめにされている自分の姿が一瞬頭をよぎり、ぶるると身体を震わせた。

両親の手前、断りきれなかったが…結婚なんてとんでもない。

第一、借金を肩に結婚を迫る男を好きになれる訳がないし、自分には未来がある。


「好きな人がいる訳じゃないけど…だからってお見合い結婚なんて――」


ボソリと呟くも肝心なごめんだという言葉は続いては来ない。

本心では今にも駆け出し、日常に戻りたいのだが目下戻りたい日常が壊れている今、それも出来ない。

未だ姿を現さない向かいの空席を睨み、はぁと深く溜息を吐くと不安オーラを全身から迸させている両親から逃れる為、トイレだの何だのと適当に理由付けて席を立った。






遥か昔、一万hit記念に書くと言ったアンケート総合小説。

甘甘でパロ、そしてとにかく弁慶を出せとの皆様のお声を頂戴しましてネタのつもりだった婚約者物を通しでやるつもりでした。

そして時は経ち…おっせぇ!

引っ込めていたらいつまでも手を付けないと危惧した為、前に押し出しました。キリ番と一緒ぐらいの強さ(全力)でつっ突きたい所存であります…!

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