襖の枠が敷居から外れ、がたたっとけたたましい音が穏やかな日常に響き渡る。


「い、いけません…っ。お許し下さい、弁慶様…!」

「ふふふ、許す?…何を?おかしな事を言いますね。僕は何も怒っていないのに」


広い広いお屋敷。

古くから伝統のある旧家である藤原様のご自宅はそれこそ眩暈さえ起こしそうなほど大きい。

親の代からこちらに仕えさせて身としてはその広さを誇りに思いこそすれ、疎ましく思った事などなかった。

掃除も、調度品の維持も、使用人であれば当然の仕事だ。

…けど今は、やたら部屋数が多くてしっかりとした屋敷の造りを厭わずにはいられなかった。

――どうしてこの方が滞在している今、一人になってしまったのだろう…。


「っ、弁慶様…」


ぐいっと力付くで向けられた顔。顎に添えられた指のお陰で拒否の言葉も告げられぬままに生暖かい感触が唇を被う。

見開かれた瞳には琥珀が一杯に広がった。


「ん、ぅ…」


奥歯に力を込め、せめてもの抵抗として口内への侵入を阻むがそんな私の様子に弁慶様はくすりと口付けの間に笑みを零すばかり。


「必死ですね」

「…あ、当たり前です」



はっきりとした言葉では拒絶出来ない。

私は…このお屋敷の使用人だから。

路頭に迷い野垂れ死ぬ世で贔屓にして頂いている――その事に感謝し、生を捧げろとは今は亡き父の言葉。私達はいわば物なのだ。

だからお客様である弁慶様の一挙一動は私の人としての尊厳よりも重い。従属心からの極論だとは理解しているが幼い頃から植え付けられた考えはそう簡単に変わるものではなかった。

…やめてと突き飛ばして罵倒すると言う選択肢は初めから存在しないのだ。

頑として口を開かない私に無理する事なく、柔らかい唇でちゅうっと啄む弁慶様は私の着物の裾を割り、太股を撫で始める。

んーっ、と言葉にならない声を出した。


「いい脚…。肌が手に吸い付くようです」


接吻しながらもうっとり感想を漏らす弁慶様は恐らく私の心情を理解している。

抵抗は抵抗でしかない事を。


「望美さん…」


しかし腕力以外でも組み敷かんとする弁慶様の私に向ける眼差しは熱い。吐く息ですら感情を伴っているようで口付けの刹那に触れ合って思わずぞくりとした。

圧力に耐えられる造りにはなっていない襖、既にまともに開く機能すらままらなくなったそれに自重が掛かる。――梅の色が美しい細工の模様はその筋でも腕に覚えがある職人に作らせた物で格式高い屋敷に合うように華美になり過ぎず、落ち着いた奥深いものだ。けれどこうも背にしていてはまるで意味が無い。

無駄だと分かっていても胸に押し当てた手に強く力を掛ける。弁慶様は男性にしては華奢な方なのに態勢が不利なのか押し返せる気配がない。

呼吸さえ許さぬと…と、不意に刹那空気が肺に流れ込んだ。


「…悪い事はいいません。彼は止しなさい。余りにも君には重荷だ」

「……。何の…、事ですか」

「使用人の君とは身分が違う。僕に言わせなくても分かっているのでしょう?」


苦笑いを浮かべる弁慶様。その色素の薄い麗姿の面差しには憐憫の色が浮かんでいる。

可哀想に。君の想いは叶う事はないんですよ、と…。

今心に巣食う存在の根本を晒されたようで熱くなった唇をきゅっと噛んだ。


「……分かって、ます…。遊びなら遊びで…それで――。でも…私は……」

「何やってるのさ、叔父さん」


半端押し倒された姿勢のまま虚勢とも呼べない弱々しい反論を口にしかけた時に私と弁慶様、それ以外の声に俯きかけていた顔を上げる。

すると弁慶様もそれに気付いたのか目前に迫る琥珀色の瞳が眇められた。


「…藤原、様」

「ヒノエって呼んでよ。望美」


身体を起こし、立て膝の状態になった弁慶様とは正反対に未だ腰が抜けたように立ち上がれない私の側に寄った藤原様――ヒノエ君はウインク一つして私の手を取り、立たせてくれた。そして守るようにぎゅっと腰を抱く。

来てくれた…ヒノエ君…。

嬉しくて、でも少し申し訳なくて…躊躇いがちに裾を掴んだ。


「アンタがどこの誰をかどわかそうと勝手だけどさ、ウチの女中に手を出すのは止めてくんない?仕事に支障が出るんだよね」

「何十人と雇ってるくせに…一人くらい構わないでしょう。白々しいですね…」


すっと立ち上がった弁慶様はさっき私に向けていた眼差しとは正反対に冷え冷えとした稀に他人に怖い、と批評される面を見せて寄り添う私達を見ていた。


「…いい事教えてあげましょうか、ヒノエ」

「何だよ」

「望美さんがいるから黙っていようと思っていましたが…よくよく考えて見れば彼女の白磁の手が泥とホコリに塗れるのは不公平です。本来なら生まれに相応しくもっと尊ばれるべきなのに。知って然るべき…、そう思いませんか?」


着物の裾を払い、直して立ち上がった弁慶様はさも、良い事を思い付いたとばかりに深く笑んで口角を上げた。


「…内容による」

「おや、次期当主がそんな許容のない。君の父上はどんな事でもどんな者でも受け入れてきましたよ。自分が如何な状況下でもね…」

「……」


くすくす笑う弁慶様にヒノエ君は睨むばかりで何も言わなかった。私も…、自分が話題に上ったのに何も言えなかった。

弁慶様の性格、口振り――そのどれを取っても今この場での口に出す事が吉報ではないような気がしたからだ。

弁慶様が私の方を向き、優しげに瞳を弧に描かせる。けれどさっき目の当たりにした私を哀れみ、嘆いてくれた弁慶様から感じた感情のような波は微塵も感じる事が出来なかった。まるで本心はここにないかのように…。


「望美さんと君はね…切っても切れない仲なんですよ。君達の絆に羨ましさすら感じます。……実の兄妹なんですから」






*****


とりあえず堪快さんに物凄い疑いが!ごめん堪快さん!(笑)

主人×メイドは日記の方で手を出してるので折角なので和風で攻めてみました。既にヒノエと望美がそう言う仲だとこれ泥沼になりますよね!(いい笑顔)更に失意の望美に弁慶が尚も迫っちゃったりするとより昼ドラ的展開ですよね。身籠っちゃったり…ふおお恐ろし!弁慶ならマジにやりそうで恐ろしい!

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