もしも夢主が杉野さんを好きだったら……(ボツネタ)
2020/09/16 06:54
※ちょっと長め
※夢主が本編より甘えん坊
芳香は15歳を機に開花する。
つまり少女はそれまで普通の暮らしをしていたにも関わらず、突然訳の分からない連中によって訳の分からない使命を言い渡され、拒否権もなく従わされている――と言っても過言でもない悲惨な立場だった。
その上、当初彼女は強制的に血を捧げることになった紅雄とあまり上手くいっておらず、己を害する敵になるかもしれない生徒達の中で唯一味方と言える古町恭太郎でさえも時折妙に不穏な空気を匂わせるので、完全に心を許すまでには至らなかった。
それ故に、杉野要は彼女に物凄く同情した。
特別公務員所属の要自身も分類的には少女に無体を強いる連中と同じだが、海藤みづ梨と共に近くで彼女を見守ってきたということもあり、肩入れしてしまうのは当然だった。
彼女は気丈に振る舞いながらもいつも内心は怯えていた。身寄りがないというのは政府からすればとても都合がよかったが、まだ十代半ばの少女にとっては心細いに違いない。
なのに、怨み言一つ言わず健気な姿勢を崩さない彼女に要は尊敬の念すら抱いた。
絶対に折れない、強い女の子だと思った。
せめて、出来るだけ自分が彼女の心に寄り添いサポートしようと決意してこれまで精一杯支えてきたつもりだ。
学園内で見かければ必ず声をかけ、困ったことがあればどんな些細なことでも相談に乗った。
ストレスで食が細くなった彼女の家までわざわざ料理を作りに出向いた経験もある。
クラスメイトの男子から強引に言い寄られていると知った時なんかは、一応生徒同士の問題に値するので部外者の自分が介入するべきではないと思いつつも、他の仕事が手につかないくらい心配になって結局要から男子に注意をした(口だけの注意で済んだとは言ってない)
いつしか要は、少女に尽くして「ありがとうございます」と感謝される事に喜びを覚え始めていた。
それは、庇護欲のようなものだった。
一方彼女は、ほぼ味方のいない過酷な環境で献身的に優しくしてくれる男性に対して淡い恋心を芽生えさせるのは、時間の問題だった。
××××
まず前提として……芳香は純血の妖怪と結ばれなければいけない。
政府の狙いは『純血の妖怪』の力を手中に収めることだ。
芳香は政府にとって大事な『駒』だ。
不公平な同盟を結び妖怪の機嫌取りに徹する現状を打破する為には、必要不可欠な存在と言っても過言ではない。
完全に“利用価値”がなくなった場合のみ、特別公務員の誰かが彼女を娶る段取りになっているが……そうなる可能性は限りなくゼロに近いだろう。
些細なきっかけにより、最近の彼女は紅雄とそれなりに良好な関係を築いていた。
紅雄は彼女に恋愛感情を抱いているようだった。
となると、今までの素っ気ない態度は愛情の裏返しというやつか。
ここにきて、全てが順調に進み出した。
――だというのに。
「杉野さん……!」
嬉しそうに。蕾がほころぶような笑顔で。少女がこちらへ駆け寄ってくる。
廊下を走ってはいけませんよ。と、やんわり要が言うと彼女は慌てて歩調を遅くした。
要は周りに誰もいないのをしっかり確認しつつ、念のため少女をあらかじめ目をつけて置いた空き教室へ誘導した。
清掃の行き届いていない少し埃っぽい室内で、ふっくらとした自然色の頬からまだあどけなさの感じる少女と、成熟しきって洗練された容姿の青年が向き合う。
「あの……杉野さんは、これからまだお仕事ですか?」
「はい、残念ながら今日はまだやり残した事がありますので」
「そうなんですね。お忙しいのにごめんなさい、その、私の相手までさせてしまって……でも、最近会えなかったので少しでもお話が出来て嬉しいです」
申し訳なさそうに俯きながらも、少女は怖ず怖ずと要へ歩み寄る。
身長差があるので上目遣いになりながら後一歩をどうしようか迷っている少女を後押しするよう、要は両腕を広げた。
「どうぞ」
その言葉を合図に、少女は控えめに青年の胸に飛び込んだ。
小柄な少女は要の細身の身体でもすっぽり覆えてしまう。
耳まで真っ赤にして背中に回りきらない手を一生懸命伸ばしてぎゅっと抱きつく動作がいじらしく、初々しい。
全身で必死に『好き』を表現する少女の背中に要は手を添え、どこか幼さを感じる丸い頭を撫でた。
「えへへ」と、スーツの胸元に顔を埋めて頬を擦り寄せる少女が、小鳥が囀ずるように小さく笑うのが聞こえる。
こうしている間は、何か特定の言葉をかわす訳ではない。
年相応に戯れるように甘えてくる少女に、要はひたすら応えるのみだ。
これでも、面と向かって彼女から「好き」だと伝えられた覚えはない。
が、いずれ紅雄の物になる芳香の少女が要に恋をしているのは明らかだった。
彼女は15才。要は28才。実に一回り以上歳の差がある。
同年代の男子より余裕がある年上の男性に憧れるのは、思春期の少女にはありがちだ。彼女の場合は普段しっかりしている反動で、包容力を求める傾向もあるのかもしれない。
要はそれを否定するつもりはない。
少女にとって自分との触れ合いが良い息抜きになるなら、それでいい。
「今日は吸血しました」
思う存分甘えた後は、抱きついたまま今日の出来事を語り始める。
いつもは朝食や授業の話からするが、今日は時間がないので手短に済ませるつもりのようだ。
「最近、紅雄くんが仲良くしてくれるので毎日楽しいです」
「そうですか」
「はい。これからもっと仲良くなれたらいいんですが」
少女は笑顔だった。何の打算もなく、紅雄と仲良く出来るのが純粋に嬉しいというような様子だ。
少し前までは沈んだ表情の彼女をひたすら要が慰めていたのだが、最早その頃の面影はない。
計画通りだ。このまま紅雄と芳香が結ばれれば要は“用無し”だ。要が今している役割も紅雄の役になる。
……それでいい。
彼女から要への恋心なんて、所詮一時の気の迷いでしかないのだから――――。
「――いけません」
「え?」
「紅雄様にあまり深入りしては、いけません。種族の違いと言うのは貴女が思っている以上に厄介です。姿形は似ていても所詮は価値観の異なる別の生き物ですから。仲良くするなとまでは言いませんが、一定の距離を保つべきでしょう」
――おいおい俺は何を言っているんだ!?
要は心の中で思わず素に戻って、己の発言にツッコミを入れた。
これではまるで……彼女と紅雄がこれ以上仲良くするのを阻止しているみたいで、政府の意向とはまるで真逆だ。こんな発言がバレたら減俸どころじゃ済まない。
「杉野さんがそう言うなら、気を付けます」
要の動揺など知るよしもない少女は正直に言葉のままに受け取って、頷いた。
その瞬間。
ギュン!と要の心臓が鳴った気がした。
要を信頼しきって身を任せる言動が何だか無性に可愛く思えてしまって……要は自分も彼女に対して恋愛感情を抱いていると自覚せざるを得なかった。
この少女が愛しい。好きだ。
未成年に対してあまりよろしくない感情ではあるが、要は潔かった。そもそも彼は性格的にぐずぐず悩むようなタイプでもない。開き直るのが早いと言うべきか、好きになったものは仕方ないだろう。
これから正式な交際に発展させるには様々な障害があるが、さしあたって大きな問題があるとしたら……政府や紅雄よりも恭太郎だろう。
恭太郎は彼女の警護についた辺りから、何やらよからぬ事を企んでいるようだった。
そして恐らく、その計画の中に『要の存在』は組み込まれていない。
何か根拠がある訳ではないが、要には分かる。
恭太郎は紅雄と違って身内だろうが容赦しない人間だ。
要によって彼の計画に何か不都合が生じれば、躊躇いなく危害を加えてくるだろう。
もしそうなったら……彼女にだけは火の粉が降りかからないように、守らなければ。
××××
■ボツ理由■
拍手文にしようと思って気合い入れて執筆してたんですが、作者の中で突然解釈違いが起きたのでボツりました。もうちょっと続けたかったんですが無理でした。ここに供養します。
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