ぬいぐるみに嫉妬する緋墨(SS)
2020/08/27 17:01



普段こういった雑用は全て部下に任せているのだが、今日はなんとなく気分が乗ったのだ。

「これでいいかァ」

取引に使う“商品”の“入れ物”が急遽必要になった為、適当に入った雑貨屋で丁度よさそうな物を探していた緋墨はふと目についた兎のぬいぐるみを掴んだ。

この手の流行には疎いがどうやら人気のあるキャラのようで『数量限定』と貼り紙によって主張された棚には、緋墨が気紛れで手に取った一個しか残っていなかった。
サイズは大きめで中型犬くらいはあるだろう。これの背中を裂いて綿を取り出してしまえば良い“入れ物”になりそうだ。……と、女性客と子供の多い店内でライトネイビーのスーツを着こんだ緋墨は注目を集めながらレジに向かった。

敏感な子供が怯える一方、女性客の大半は「あの人イケメン過ぎない?」「なんかエロい」「エッチなお兄さん」と密かに盛り上がっていた。

××××


すぐ“使う”のでラッピングもせず片手に兎を抱え、取引場所に向かう途中。

鼻腔を擽る芳しい香りに緋墨は足を止めた。

ニヤリ。と、いやらしく口角が上がる。

今日はツイている。部下に行かせなくて本当に良かった。きっと日頃の行いが良いお陰だろう。

匂いを辿り、目当ての人物を見つけると緋墨はわざと背後からジリジリとにじり寄り「ばあ、だーれだ」と、ふざけながら片腕で抱き着いた。

すると期待通り、己より二回り小柄な少女は「きゃあ!」と愛らしい鳴き声と共に飛び上がった。

「っひ、緋墨さんですか……っ?」

「ははぁ、当たりィ。褒めてやるからおとなしくしてろよ」

「や、いいっので、離してください」

「遠慮すンな」

「ひゃうっ」

もぞもぞと暴れる少女を難なく抑え込み、貝殻のような耳をカプカプ甘噛みしてやると食いちぎられるとでも思ったのか、途端に少女は大人しくなった。
とはいえ、聖水の時のように思いもよらない抵抗を受けるかもしれないので細心の注意を払いながら、このまま上手いこと拐えないか緋墨が考えていると。

「ふわうさちゃん」

「『ふわうさちゃん』?」

黙り込んでいた少女から聞き慣れないワードがこぼれ、思わず復唱してしまった。

先程まで困惑と恐怖の色を浮かべていた彼女の視線は、今や緋墨の片手に抱かれた兎のぬいぐるみに釘付けだ。

恐らく『ふわうさちゃん』というのはキャラクター名だろう。

緋墨の前では見せたことがない、心なしかキラキラと輝いている少女の眼差しに緋墨はちょっと面白くない気分になった。

「あ……あのっこれ、どこにあったんですか?」

「そこの店だよ。これが最後の一つだったけどなァ」

食い付きぎみに訊かれ、真実をそのまま伝えると少女は「そうなんですか」と明らかにショボンとした。……やっぱり面白くない。

「お嬢ちゃんはこんな布と綿の塊なんか好きなのか。まだまだお子様でちゅねェ」

むにむに柔らかい頬を片手で挟みながらわざとからかうように言うと、羞恥心で俯くと思っていた少女は予想に反して「ふわうさちゃんはすごく可愛いんです」とはっきり力強く答えた。緋墨の腕の中の兎を見つめるその顔は切なそうで物欲しそうで、まるで恋する少女のようでもあった。

イラッ。

緋墨は胸のあたりからそんな効果音が聞こえた気がした。

自分でもよく分からないが、彼女が『ふわうさちゃん』に執着していると知って何だかすごく気分が悪い。

大体、こんな風に彼女が緋墨と会話をしている状況自体おかしいのだ。いつもなら怯えてその場から逃げだそうとするのに。それを捕まえるのがとても楽しいのに。今の彼女は緋墨なんて眼中になくてふわうさちゃんに夢中だ。

こんな何の意思も持たない畜生人形への愛しさが緋墨に対する苦手意識を上回っていると思うと、胃が捩れそうな怒りさえ覚える。

彼女の前でこの畜生の人形を引き裂いたらどんな反応をするか。

……そんな悪い発想が浮かぶ。

緋墨はこの感情が所謂『嫉妬』だとは知らない。

××××

珍しく可愛いげのある緋墨。

ちなみに夢主は誰かと待ち合わせ中です。



prev | next


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -