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昨日に引き続き今日も雨だった。雨の日は湿気で髪の調子がよろしくないし、あまり外へ出掛けたくないのだがこんな日に限って学校からの呼び出しが掛かってしまった。一体なんの用件だかわからないまま傘を差して学校へ向かう。家を出る時にお母さんに「何か悪いことでもしたんじゃないだろうね」と腹の立つことを言われたので私の気分もあまりよろしくないわけで。学校へ到着し、上靴に履き替え職員室を目指した

「あのー、」
「ああ名字さん」
「私何も悪いことしてないですよね」

記憶にはそういった思い当たる事がないけど念のため聞いてみたら、担任はアハハと優しげな笑みを見せ「安心しなよ」と言ってプリントを渡してきた。そのプリントには、前に土方くんので見たことがある「進学・就職」という欄があった

「これ夏休み前にみんなに渡したプリントなんだけど名字さんは夏休み前ずっと来てなかったでしょ?私も出張とかでなかなか名字さんに会う機会がなくて」

かくかくしかじかで渡せなかったらしく、今じゃなくてもいつでも渡せるだろうと思いながらプリントを受けとった私。担任が「名字さんは進路決まった?」と聞いてきたので首を横に振った

「就職か進学かだけでも決まってない?」
「はい、まだです」
「そっかー」
「はい」
「まあ、自分の将来を決めるんだもんね、余程の志がないとすぐに進路は決まらないから」
「……」
「あまり遅れてしまっては困るけど、焦らずに親御さんと話し合ってよく考えてね」

珈琲の匂い、コピー機の音、回る扇風機、久々に訪れた職員室は箇条書きで表すような独特の印象だった。

「あ、」

帰り道でのこと。学校を出た時には雨が止んでいたから傘を学校に置き忘れて帰ってきてしまった。来た道を振り替えるけど学校はもう遠い。今から戻ろうと言う気は残念ながら起きなかったので今度でいいやと正面に向き直った。

改めて立ち止まると雨上がり独特の神秘的な空間が目の前に広がっている。普段ならば草が道端に生えて、なんの気品もない、どうってことないただの田舎道なのに、どうして雨が上がったばかりだとこんなに幻想的に見えるんだろうか。新鮮で良い感じだ。私は一度その場に立ち止まり精一杯空気を吸った。やっぱり湿った酸素が肺の中に入ってくる。意味のないことをしたなとまた歩き出したその時、道の角から自転車がもうスピードで曲がってきた。ぶつかりそうになり咄嗟に避けると乗っていたのは総悟だった

「総悟!危ないじゃん!」

通りすぎた自転車が急ブレーキをかけて止まった。総悟が後ろを振り向き、荒い息をしながら「ああアンタか、わりぃ」と片手をひらりとさせて軽く詫びた。総悟がいつにもなく真顔で急いでいるように見えたので「どうしたの」と聞けば「大変でィ」と言った

「なにがあったの?」
「兎に角大変なんでィ。名前も来な!」
「え!私も!?」
「いいから早く後ろに乗れ!」

無理矢理後ろに乗せられ、さっき来た道を引き返していく。ああ、帰ってドラマの再放送見たかったのになーあの結乃アナのドラマ、銀時には気の毒だけど。凄い早さで校門の前に着いた。自転車を停めて降りた総悟が息を整えながら学校を見渡した。校庭は異常なし。校舎も先生方がまだ職員室にいる。

「あ!」

と総悟が屋上を指差したので見上げると何やら大勢の人影がみえる。何か乱闘が起こりそうな嫌な気配がする。階段をかけ登り、屋上のドアを開けると神威と神威が言っていた"仲間"のようなゴツい人がいて、その反対側には高杉と来島、万斉や武市がいる。

「一体なんなのこれ!」
「アンタらァ!何しに来たっスか!」

来島が高杉の左側で、神威軍に叫んだ。神威の右側に立つゴツい人はもう高校生じゃないだろうと思うような老け具合。神威がにこやかに言葉を紡ぐ。

「単刀直入に言うけど、喧嘩しに来たヨ」
「晋助様はアンタらとなんか戦ってる暇ないんだよ!」
「この辺で一番強いのは君達らしいから俺達とどっちが強いか決めようってだけだよ、簡単だろ?」

私が臨戦態勢に入ろうとしている両者を止めた方がいいのではないかと焦っていると、騒ぎを聞き付けた銀時も遅れて到着した。肩を上下にさせて息を整えている銀時に私が「やばくない?」と言おうとすると銀時はわかったと言うように両者の前に出た。傍観していた総悟は銀時が前に出た途端ヒューと口笛を吹き煽る。

「お前ら、なにやってんの」

呆れ半分の表情で切り出した銀時に神威が笑顔のまま「喧嘩しに来たヨ」と言った。それを聞いた銀時は大きく溜め息を吐き、何かを言おうとしたがそれを高杉が遮った

「人の顔なんか久しく殴ってなくてなァ、腕が疼いてたとこだ。…悪かねェ、かかってきな」
「そうこなくっちゃネ!」

高杉が神威陣を挑発するように不適な笑みを溢した。神威を始めとする夜兎高校が鉄柱やバットを握り締める。対する来島達も武器を手にした。静寂な空間で両者がタイミングを見計らっている。今にも互いが襲いかかろうとしたそのとき、

「てめーらァァァ!人様の学校乗り込んで何してんだァァァ!」

そこには見たこともない、ただの頭がハゲたおっさん…後日談によると神威と神楽のお父さんであり神威が通う学校の海坊主先生が、額に血管を浮かせ物凄く怒っていた

「ここがどこだか分かってんのか!この恥さらし共!」
「ハゲたおっさんは黙っててヨ」
「ハゲのことは言うな!気に病むだろ!」
「とにかく俺らの邪魔すると…」

殺気を込めた笑顔の神威が「殺しちゃうぞ」と言い終わらないうちに海坊主先生は神威の背後に周り、首をドッと叩く。それは一瞬。気付いた時には気を失い倒れかけた神威を肩に担ぎ上げる海坊主先生がいた。

それまで神威の周囲にいた生徒達も海坊主先生の怪力を目の当たりにした途端に文句も言えなくなり、大人しく退くはめになる。

「すまなかったね、こいつらには後でキツく叱っとくから」

最後にそう残して屋上を出ていった海坊主先生。暫くして高杉が「つまらねえ」と言い屋上を出ていった。あとを追ってその場をあとにした来島達の背中にはどこかやるせない気持ちが染み付いている。あ、パンツの染みじゃなくて。



「あーあ、なんであそこで止めるかねィあのおっさん。折角の見物が台無しでさァ」

一件落着からの帰宅道。前で自転車を漕ぎながら沖田が溜息混じりに言った。沖田だって最初焦ってたくせに、と言えば、あれはフェイクでさァとか言うから意味が分からない。隣で歩いている銀時も「びびってたくせに」と笑っていた

「そう言えばさー」
「なんでィ」
「2学期っていつからだったっけ」
「はー?馬鹿じゃねーの」

沖田も銀時も私を呆れた顔で見た。だってプリント間違って捨てちゃったしわからなかったんだもん。

「明後日だよな、総一郎くん」
「総悟でィ」
「えーやだー終わるの早い」
「甘ったれた事言ってんな。高3のくせに情けねーぜィ」
「ま、焦るんじゃねーよ。まだ明日ある。」
「じゃあ明日思いっきり楽しまなきゃ」

慌てて私は明日の計画を立て始める。ふと、空を見上げれば先程まで灰色だった空もちゃんと夕陽が映えるオレンジ色になっていた

「あ、トンボだ」

私が呟くと銀時も総悟も興味なさげに、そうだなと応えた。そうか、もうトンボが飛ぶ季節なのか。夏も終わりが近付いているという現実を知らされた時、私は胸が苦しくなった




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