廊下先で男を見付ける。勢い良く走り込んで追い詰めた、私と男は向かい合わせ。壁にパレットナイフを刺すと男は余裕の笑みを浮かべる、コイツの笑い顔なんか苦手だ。
「へぇ、そこら辺のか弱いお嬢様じゃないんだ」
まだ余裕な表情に苛ついたから私は思いっきり男の腹部を蹴った、背中が地面に押し付けられて鈍い音。男に跨ってパレットナイフを首元に突き刺したのに、まだまだ、男は笑っていた。
『ねぇ、お前は死にたいの?』
「ヒロト、だよ」
『…質問に応えて、ヒロト』
何だか力が抜けて、突き刺しているパレットナイフを赤いカーペットに置く。
普通に考えて、女が男に勝てる訳がないし抵抗しようと努めるのならば見えなくなるまで私を殴るはず、死にたくないのなら。
「違うよ、だって君は俺を殺せないじゃないか」
『根拠は?』
「俺が何人の人間を見て、殺めたと思ってるのさ」
そう言う男の目はすごく、寂しそうで、辛そうで。だけど私はカーペットに置いたパレットナイフをもう一度手に取って首元に当てた、少し斬れたみたいで流れた真っ赤な血が真っ赤なカーペットに隠れるみたいで。
「ほら、手に全体重を乗せるみたいに屈みなよ」
熱いモノが込み上げてくる、辛い?そんなんじゃない、哀しい?そうなのかもしれない。
人を殺めるのは、哀しい。どんなに憎くとも同じ人種なのだから。それはただの化学反応みたいな、感情。
パレットナイフを持ったまま右手を振り落としたら、ドスン。刺さった。真っ赤なモノが裂けた、これはねただのカーペット。
『人間は、汚い。』
「今更だね、自分が綺麗とでも思ってたの?」
感情がありすぎて、たくさんたくさんあるから、混ざって言葉に出来ない感情までもが生まれる。こんなんじゃ余程野良犬の方が賢いんじゃないかって。
『思ってた、けど違うのね』
「外見だけの綺麗はただの小細工さ」
『絵も、写真も、宝石も?』
「そうさ、綺麗なものなんてこの世界にはないんだよ」
どんなに素敵な絵でも、だめ。懐かしいそんな淡い証拠も、だめ。きらきらしてて光と触れ合うと眩しい宝石もだめ。どくん、どくん。鼓動がとても大きく聞こえて、耳から伝わる音ではないのに。胸を押さえてみたら何だか温かかった、ああ私は生きているんだね。
『綺麗なモノ、あるよ』
「教えてほしいな」
『どこで作られたのかも、いつ出来上がったのかも、全部不思議なお金じゃ買えない宝物』
だから、簡単には消すことが出来ないんだ。
生命
***
だから、死にたいなんて
言わないでよ
100902