たった一枚のただの紙切れ、ぺらぺらのB5サイズの用紙なのにこの一枚の紙の上に文字を書いたら未来が決まってしまう、だなんて大袈裟かもしれないけれど世間ではこの紙は大事大事ととても崇める。ただの進路調査なのになぁ、もう半年でさよならなんだこの制服も、定められた規定も時間も。この古ぼけた校舎も何もかも。残るのは私の面影だけで後は何も残らない。
悲しくて、ちょつぴり甘酸っぱい気持ちになる。
「ただいまー」
『あ、おかえりフィディオ』
サッカーの練習から帰って来たフィディオが疲れたなーと言いながらいつものようにバスルームに行く。全然疲れたように見えないんだが。まぁ好きなことをしてるのだから疲労も楽しさに変わるんだろうなフィディオは。
イタリアに滞在して早4年、親の長期出張の多さを理由にアルデナ家に居候させてもらっている私は苦もなく生きてきたと思う、フィディオの両親は優しいし何より親しく接してくれるためとても私は好きだ。もちろんフィディオ自身も。
きっと私の親は定年まで仕事を続けるに決まっているに違いないからこれからもイタリアに滞在する、という訳だし進路とはちゃんと向き合わないといけないのは分かってる。
でも特になりたい職業もないし、むしろ社会人になんかなりたくはい。これは逆らえない歳の定め。
「ふぅん、進路調査かぁ」
ふわっと甘い香りがしたと思えば背後にはフィディオがいた、ぽたぽたと髪の毛から雫が垂れている、ちゃんとタオルドライしなさいよと私はフィディオの頭にかかっていたバスタオルでわしゃわしゃと拭いてやった。
「ねぇ仕事に就くの?」
『就くわよ、ニートにはなれないでしょ』
そういえばフィディオは何に就くのだろうと質問しかけたが私も馬鹿じゃない彼は世界から注目を浴びているサッカープレイヤーだ。あちらこちらからオファーがきているに違いない
『フィディオはいいなぁ…』
「なんで?」
『進路、決めなくてもいいじゃん』
ちらりと横目で訴えたらフィディオは、あー…と言葉を詰まらせた、やっぱりオファーを受けていてもうどこに入るかはある程度決まってるんだろう。いいなぁ、将来安定していて。こんなにも悩んでる自分が馬鹿みたい。 ああさっきから思っていることの矛盾が激しい。
『もう社会に出たくないなぁ』
はぁ、と溜め息をついて愚痴を零す、私はまだ子供でいたい、大人になったら好きなものや好きなことが好きなように出来るがそのためには自分で稼がなきゃいけない、自給自足。そんなのは想定するだけでも辛そうで。
「社会に出なくてもいいじゃん」
『フィディオは私に死ねと言ってるの?』
「違う違う」
甘い香りが更に深く鼻をくすぐると彼は私の頬に軽くフレンチキスをして
「俺のお嫁さんになればいいじゃないか」
取りあえず私はその場から逃げておいた。
***
日本のイナイレ好きで
就職先に悩んでいる
お姉さん達に次ぐ。
100817