桜が満開に咲いていた。否、満開と言うより、散りかけと行った方が正しい。風もなく散る大きな桜の木の側で、玲莉はその桜を見上げていた。
「…桜は散るときが一番きれいだと思うんだけど、どう思う?小太郎さん」
 桜に目を向けたまま、玲莉は小太郎に問いかけた。笑い声とともに小太郎が玲莉の側に姿を現す。
「うぬがそのようなことを言うとはな。うぬのこと、八分程度がちょうど良いと言うと思っていたぞ」
「うん。それみんなにも言われた」
 そして反対された。
 なかでも兼続はすごかった。桜があまり好きではない上に、散るときが一番いいと言われて思うところがあったらしい。なかなかの熱弁をやってくれた。まあ、私も武士である彼らに対して言うべきではなかったと反省しているけれど。
「でも私は桜の花びらが風に吹かれてひらひらと舞うのを見るのが一番好き」
 幻想的できれいだと思わない?と笑って、玲莉は小太郎を振り返った。小太郎は玲莉の問いにただ笑っただけだった。
 風が吹く。それまで無風であったのに、そよ風が桜の花びらをさらっていく。優しいが、止まらない風。
 なんとなく、自然のものではない気がした。
「…小太郎さん?」
「我に頼めばいつでも見せてやれたものを…」
「え!ちょっと、無理やり散らすのは…」
「クク…案ずるな。これは我の幻術よ。本物は散っておらぬ」
 小太郎の言葉に玲莉は胸をなで下ろした。幻覚ならばまあ大丈夫だ。小太郎の幻術は本物と見分けがつかないから、存分に楽しめる。
 玲莉は小太郎に頼んで桜の木の上に登った。大きな木で、小太郎と二人並んで座ってもなんともない。2人並んで、玲莉の好みの散り方で散る桜を見る。
「…ねえ小太郎さん。夜桜見ながらってのもいいと思わない?」
玲莉は目を輝かせて言う。小太郎は小さくため息をついて、どこからともなく瓢箪を取り出し玲莉に渡した。
「わーい!小太郎さん大好き!」
「現金な主よな…」
 玲莉は中身を煽り、そして固まった。味がない。じろりと酒を寄越した張本人を見る。ニヤリと笑われた。
「水…」
「飲みすぎたうぬにはそれがちょうどいい。ここに来たのも、元はと言えば酔いを醒ますためであろう」
 花の盛りとあって、あちらこちらで行われた花見の宴。それらの宴に余すところなく参加した玲莉は、結果としてここのところ連日酒を飲んでいた。
「それにしても、連日のように宴を開くとは…」
「いいことだよ。それだけ世の中が平和になったってことなんだから」
 にこやかに笑んで、瓢箪の中身を煽る。酒ではないが、なにかが飲めるならもう水でもいい気がしていた。
「…でも、やっぱりちょっと疲れたかも」
 さまざまな客を呼んでの盛大な宴ばかりだったので、粗相をするまいと始終気を引き締めていた。その疲れがでてきたらしい。
 玲莉は体を預けるように小太郎の肩にもたれかかった。
「私、嬉しいよ。みんなと桜をゆっくり愛でることができるようになって」
 玲莉のまぶたが重そうにまばたく。水に溶かした眠り薬が効いてきたらしい。玲莉はまぶたがひっつきそうになるのを必死に堪えているようだが、時間の問題だ。
「……そうよな。少しならば、悪くないかもしれぬ」
 桜をゆっくりと見ることなどいつぶりだろうか。もとより花を愛でる趣味はないが、少しくらいはいいかもしれない。
 眠りに落ちた玲莉を見て、小太郎は目を細めた。


世中にたえてさくらのなかりせば春の心はのどけからまし

(世の中にまったく桜がなかったならば、春の人の心はのどかだったろうに。桜のあるおかげでせわしなくてかなわない)
(桜がすきな私たちは桜を見るためにさまざまなところへ行く)


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