今夜行く。

 顔を赤らめて小さく呟いた馬超に玲莉は大笑いしそうになるのを必死で堪えなければならなかった。
 何一つ、彼は知らないのだ。覚えていないのだ。私が誰であるのか。自身が犯した業がなんなのか。私は彼をずっと知っていたのに。彼の業を一度たりとも忘れたことはないのに。

 今でも時折夢に見る。生臭い鉄の匂い。そこらに飛び散る血。夥しい死体。そして――美しい金の具足を返り血で真っ赤に染めた、死神の顔。
 何の関係もない人間を殺してなにが正義だ。ただ自分を正当化して守っているだけではないか。笑わせる。
 お前のその正義にどれだけのものが犠牲になった?姉は、あれからすっかり変わってしまった。優しく、いつも笑顔だった姉はもういない。人を殺し街を壊したお前に私はすべてを奪われた。

 玲莉は夜着を纏い、大事にしていた子瓶の中身をあおった。
「玲莉、その…入ってもいいだろうか?」
 馬超の遠慮がちな声に口角を上げながら玲莉は部屋の扉を開けた。どうせ扉の前で悶々とするのだ、こちらの方が速い。
「お待ちしておりました…さあ、こちらへ」
 部屋に案内して酒を出した。これではまるで女官のようだ。と玲莉は自分を笑った。すぐに空になった杯に再び酒を注ごうとしたが、それは馬超に遮られた。
「俺は酒を飲みにきた訳ではないぞ」
 体を引かれて、馬超と体が密着する。夜着の袷を割いて大きな手が体を這う。唇と唇が重なり、吸われる。息苦しくなるほどの口吸いの後、玲莉はにやりと笑った。
「…私の、勝ちにございますね」
 口吸いをしなければ、私を求めなければ、お前は死ななかったのに。
「一族の仇、とらせていただきました」
 私は変わってしまった姉を見ていられなかった。だから私は馬超を追いかけてここに来た。魏軍の将となった姉とは別のやり方で、すべての元凶を殺すために。姉のように頭は良くないから、女武者として軍に入った。武功を上げて、副将にまで上り詰めた。
「…お前は王異の…。…だが、謝罪はしない。それをお前は望んでいないだろう?」「だから毒を受けたと?」
 死に至るまでは時間のかかる毒であるが、これは味がついている。馬超は玲莉に口付けた瞬間に毒に気付いたはずだった。けれど馬超は行為を止めなかった。
「この命尽きるまで劉備殿の為に、と思っていたが…玲莉ならば構わない」
 愛するお前にならば。と馬超は言った。
 馬超は玲莉を深く愛していた。玲莉からしてみればそのように努めていたのだから当然の結果だと言える。玲莉は度で確実に殺せる方法で馬超を殺さなければならなかった。頭脳ならばこの男の周りの人間に劣る。武勇ならばこの男にさえ劣る。そのため、玲莉は自分の部屋に馬超を招き入れることを思いついた。
 致死の毒は玲莉も飲んだ子瓶の中身のみ。しかし玲莉は他に催眠系の毒を杯に塗っておいた。致死の毒と違い、無味無臭のものである。いくら武勇の優れた男とはいえ、眠ってしまえば首をとるのは造作もない。まあ結果的には必要なかったのだが。
「愛する者ならば命をくれてやっても構わぬと?馬鹿馬鹿しいですね」
「男とは馬鹿なものだ」
 そう言って馬超は再び唇を重ねた。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -