夕暮れが迫っていた。
吹き付ける風は少しだけ冷たくて、俺は身を縮める。降りて来た影に目を向けることはせずに声帯を震わせた。


「…行くのか」

「はい」


勇気の憧れであり、存在意義。誰よりもサッカーが好きで、何時もがむしゃらに練習している勇気の姿を見るのが好きだった。
年下で、しかも男だったけど。それを感じさせないくらいに勇気は温くて優しかった。最初こそ苦笑してそれとなく逃げていたけど、今ではもう掛け替えのない存在だ。
だからこそ受け入れられない。勇気が隣に居ないことが、俺じゃない別の誰かを追って行くことが。


「…なまえ、先輩」

「…いいよ、何も言うな。これは俺の我儘だし勇気は何も悪くない。俺はお前の大好きなものを否定するつもりは無いし、応援してやりたいと思ってる。ただ、」




「お前が俺を忘れない保証が、何処探しても見つからないんだ」


毎日毎日楽しそうに雷門中の選手のことを話していた勇気に、普段から不安が無かったと言えば嘘になる。俺の名前を呼んだその調子が、円堂という名のゴールキーパーを語るその口調と同じだったのが酷く俺の胸をざわつかせた。一度溢れた水はもう元には戻らない。
潮時だ、と。
純粋に思った。



「勇気。俺は俺の道を行くよ。だからお前も、…勇気も、自分の信じる道を行け…っ?」


俯いていた顔を上げて、まっすぐに勇気の瞳を見た。言葉を交わすのは、これで最後になるかもしれないと頭の片隅で考えながら。






「嫌、です」


しかしかち合った視線はすぐに夕暮れの景色に移り、気付けば俺は勇気の腕の中にいた。微かに震える指が、俺の背中に食い込む。


「勇気、」

「俺は、なまえ先輩を手放す気はありません」


小さく、けれどしっかりと発せられた言葉に固まった。
だってお前は行ってしまうんだろう。あんなに嬉しそうに言っていたじゃないか。憧れの、あの人に会えるって。
自慢じゃないが俺は強くない、耐えられないんだ。お前がいない生活が、待っているしかない自分が。


(ああ、それでも)


この手を振り払うことさえも、俺には出来ない。




(離さないで)



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